1-3 【来るもの拒まず去るもの破滅】

「うちの校風は、来るもの拒まず去るもの破滅、ですから」


「さ、去るもの、破滅……?」


そう言うと会長は立ち上がり、胸元のネクタイを外し、シャツのボタンを一つ外した。


「え……」


僕は咄嗟に目をそらした。でもそれは恥ずかしさによるものではなくて、彼女の素肌から放たれる魔力の波動に当てられそうになったからだ。これって確か、魅了の自動魔法? しかも、対魔法使い特化型のチャーム……?!


「男性であるあなたなら、社会的に破滅させるのも容易いでしょうが」


会長は低い声で、そう囁いた。今いる場所の名前が、自然と脳裏に浮かぶ。


「ファム・ファタール……!」


「ご明察」


彼女は笑みを含んだ声でそう言った。僕は慌てて離れようとしたが、体が動かない! 彼女の両手が、フードの中にまで侵入してくる。


「ま、待って……!」


「……冗談ですよ」


会長は僕の耳元でパチンと指を鳴らす。するとまるで金縛りから解放されたかのように、僕は自由に動けるようになった。


「この学校も、常に人材不足なのです。どんな理由であれ、私たちはあなたを歓迎します」


彼女はそのまま僕のフードを外すと、床に転がっていたままだった仮面を拾って僕の頭に載せた。まだ頭がクラクラする。そんな僕を見て、彼女はクスリと笑った。


「そして私たちがあなたに求めることは一つだけ。死なないことです」


彼女の声色は、いつの間にか元に戻っていた。


「死なないこと?」


「はい、死なないことです」


「そんなの……言われるまでもない」


僕は、反射的に呟いていた。二度も死に損なってきたんだ。世間一般的に、生き残ることというのは幸福なことなのだろう。であれば僕は、そういう星のもとに生まれた、世界一幸福な魔法使いだ。


「合格です」


「え……?」


彼女は僕の手を取ると、その甲に軽く口づけをした。


「今日からあなたは、ファムファタール女学院の生徒です。これからよろしくお願いします、サイカさん」


「は、はい……」


僕はそう答えるのがやっとだった。ふと視線を外すと、レンと呼ばれていた案内役が苦笑いをしながらため息をついていた。


「……さて」


会長は椅子に座り直すと、軽く伸びをした。


「以上で面接を終わります。私はこれから脅会きょうかい念話ねんわでの会議がありますので、後のことはレンにお任せします。彼女の指示に従って、退室してください」


脅会きょうかい。確か、女神信仰を布教している国営組織の名前だった気がする。


「ではサイカさん、ご案内します」


「お願いします……えっと……」


「私のことは、レンとお呼びください」


「れ、レンさん……あの、あれ……?」


僕はまだうまく力が入らず、椅子から立ち上がれなかった。するとレンさんが、そっと背中に手を当てて僕を支えてくれた。


「あ、ありがとうございます」


「どういたしまして……」


レンさんの目が一瞬弧を描いたような気がしたが、すぐに元の表情に戻ったので僕の見間違いかもしれない。


「ありがとう、ございました……」


僕は何とか一礼して、またレンさんの背中についていく。部屋を出る時ふと気になって振り返ったが、生徒会長の姿はすでになかった。


「失礼、しました」


僕たちが廊下に出ると、生徒会室の扉に立ち入り禁止の文字が白く浮かび上がった。部屋の中には、もう誰もいなかったはずだけど……。


「先程はすみませんでした。会長はすぐ人を試したがる癖があって……。特に、男子生徒の入学は初めてですから」


彼女は申し訳なさそうに笑顔を浮かべた。しかし僕としては、むしろ得した部分もある。あの面接で嘘偽りなく答えたことで、僕は僕自身の言葉で彼女と会話ができていた。そして今、僕が僕自身のことをどう思っているのかを客観的に知ることができた。それだけでも、ここに来た甲斐はあったと言える。


「あ……お気になさらず」


僕もまた笑顔でそう答えた。レンさんはそれを聞くと安心したのか、少し息を吐いた。


「ありがとうございます。では次に、あなたの新しいパーティーメンバーを二人、紹介します。もうそろそろ、戻ってくるころですので」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る