1-2 【虹色の魔法陣】

「私からの質問は一つです。あなたはどうして、ここにいるのですか?」


「どうして……?」


僕は言葉に詰まった。


「私は、あなたのことを調べました」


会長が僕の目を覗き込むように顔を近づけてきた。


「あなたは、二度の魔王城出現で多くの居場所を失ったはずです」


「……っ!」


図星を突かれて言葉を失う。


「一つ目の魔王城が現れたのは、あなたが生まれ育った町でした。あなたの家も、家族も、友人も、全てが魔王城の下敷きになった」


「……はい」


夕焼けの空を覆い尽くすほどの魔法陣から、ある日突然魔王城は出現した。その日僕だけは、少し離れた森の中にあるばあちゃんの家に泊まりに行っていたので助かった。しかし僕以外の全ては、逃げ惑うことすら許されなかったのだろう。あの日見上げた虹色に輝く魔法陣は、僕にはただ絶望の色として、今も脳裏に焼きついている。


「それ以来、あなたは守るべきものを守れる力を求めて、魔法使いになった。そして、我が国最高峰の冒険者育成学校、メフィストフェレス高等学園に入学した」


「そうです……」


国立メフィストフェレス高等学園。冒険者育成の最前線。魔族との戦いに備えて、冒険者を輩出するための機関だった。私立ファムファタール女学院と同様に、卒業することができれば冒険者の資格が手に入る。冒険者として就職もできるし、何より守りたかったものを守る力が手に入る。そう信じてきた。


「……ですが昨年、二つ目の魔法陣はその学園上空に出現した。あなたの母校も、先生も、パーティーメンバーも、全てが魔王城に飲み込まれた」


「……」


あの日、本来なら僕一人だけが戦場で死に、僕のパーティーメンバーだった三人は学校まで逃げ帰れるはずだった。しかし結果は、逆になった。その日学校にいなかった生徒だけが生き残り、そして現在、そのほとんどが他の学校へと転校していった。僕のように。


「ようやく取り戻したはずの新たな居場所が破壊されていくのを、あなたはただ見ていることしかできなかった」


あの日の記憶が甦る。二つ目の魔王城には、出現当初から未知の結界が張られていた。そしてその結界は、僕の全力でも傷一つつけられなかった。


「そう、です……」


虹色の魔法陣の下、変わり果てた校舎と、それを呆然と眺めることしかできなかった僕。その結界は半年経った今も破られることはなく、誰もその地に入ることすらできない状態が続いていた。人々はいつしかあの結界のことを、魔王城の大結界と呼ぶようになっていた。


「一つ目の魔王城の魔王は、異世界から召喚された勇者にすでに討伐されました。つまりあなたがここにいる理由は、二つ目の魔王城の結界を攻略し、二人目の魔王を討つ力を手に入れるため。よくある、復讐です。違いますか?」


「復讐……。いいえ、違います、ね」


僕の声が震えているのがわかった。そう、違うのだ。僕に復讐はできない。


「僕にあの大結界は破れません。二人目の魔王も倒せない」


僕がそう言った瞬間、レンと呼ばれていた案内役の人がビクッと震えたような気がした。一方会長は、僕から目をそらさず話を続ける。


「なるほど、私の推理は外れていたようですね。では、一体なぜ?」


「それは……」


再び言葉に詰まる僕。しかしもう、ここまで来た以上言うしかなかった。


「一人目の魔王が倒されたと聞いた時のことは、今でもよく覚えています。あの日、僕はばあちゃんの家で、一日中待ってみたんです」


「……待ってみた?」


「もしかしたら誰か、帰って来てくれるんじゃないかって」


すごく締まりのない表情をしている気がして、僕は顔を伏せた。


「でも、誰も生きて戻ってなんて来なかった。当たり前ですよね。でもそれは、二人目の魔王を倒しても同じことでしょ?」


僕は、自分に言い聞かせるように告げた。


「……」


「貴校を卒業すれば、冒険者として食べていける。冒険者になれば、魔物を倒して素材を売るだけで、人と深く関わる必要もない。これ以上人と出会うことも……別れることもない。そのための力を手に入れるために、僕はここまで逃げてきたんです」


「そう……ですか……」


会長は深く椅子に腰掛けると、そのまま目を閉じて黙ってしまった。入学手続きの面接でこんな話、すべきではなかったのかもしれない。でももう言ってしまったものはどうしようもないので、僕は彼女から目を背けて俯くしかなかった。


「失望しましたか……? 不合格、ですかね……」


「いいえ」


会長は即答した。その声は優しく、でもどこか悲しそうにも聞こえた。


「うちの校風は、来るもの拒まず去るもの破滅、ですから」

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