第8話 いってきます。

・冒険機アプリ

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「それでユアちゃん……これから、どうするんだい?」

「……」


 これから、かあ。

 マスターも人間もいねえし、これから自分で考えないといけないよな。


「ユアちゃんなら、50年前の人間様を知っているから……街に行ったら大事な証人として安全は保証されると思うけど……どうかな?」


 バッグの提案に、アタシは人骨マスターを見る。


 自然と、口元に笑みが浮かび上がった。




「バッグってさ、冒険機だろ? ……アタシもさ、冒険機になれるか?」




 バッグは電子頭脳の動作音を響かせてから、スピーカーから声を再生する。


「たしかに、兵器に対応できる戦闘能力があれば誰でも冒険機になれるよ。でも当然ながら破壊されて2度と再起動できなくなる危険性がある」

「ああ、昨日で死ぬほど実感したぜ」


 アタシが笑うと、バッグはさらに困ったように頭をかく。


「でもよ……何もしてねえのに、50年前の人間を知っているだけで周りから大事にされるのは納得がいかねえんだ。なんというか……カセットテープでよくねえかってなっちまうからな」

「……?」


 カンパンを食べ終えたアタシはその場で立ち上がる。


「冒険機ってよお、いろんな依頼を受けているんだろ? それなら依頼をするAIもいるってわけだよな」


 バッテリーが搭載された自身の胸に手を当て、アタシは宣言する。


「それなら、アタシは冒険機になる。人間の代わりに生きているAIと友達になって、もっといろんな場所に行って……もちろん、襲ってくる兵器はアタシがぶっ飛ばしてやる!! アタシは――」




 マスターの花嫁さんとして――




「――人間らしく、生きたい」




「……人間様らしく、かあ。変わってるね」

「へへっ! それに……アタシを修理してくれたキャンティの恩も返さなきゃな」


 アタシの言葉に、バッグはキョトンとした目線を送ってきた。





 キャンティがアタシを修理して再起動させた理由は、今までの会話の中から推測できる。

 ひとつは、純粋に人間をよく知っているAIと話をしてみたかったこと。そしてもうひとつが……




 ――キミが冒険機になってくれたら……“あの子”に聞かせるお話が増えるからね。あの子のために、キミを見つけられてホントよかった――




 バッグを助けに行こうとした時に聞いた、キャンティの言葉に隠されている。





「……彼女がそんなことを」

「ああ。なんだかたまたまアタシを発見したから修理したって感じじゃない言い方だよな……バッグ、キャンティから何か聞いてる?」


 アタシがその事を聞くと、バッグは初耳だと言わんばかりに首を傾げた。


「いや、おじさんはなにも聞いていないよ。彼女は隠し事が好きだったからね」


 ただ……と呟きながら、バッグもキャンティの胴体を見つめる。




「彼女はなにかを果たそうとしていた。そんな気がする」




 その肩に手を置きながら、バッグは機能を停止したキャンティに尋ねるように呟き始める。


「実は彼女がユアちゃんを見つけた時、やっと見つかった、修理できそうで安心したって……呟いていた。それに、最近は何者かに付け狙われているような気がしたからね」


 ……そういえば、バッグは誰かの気配を感じてこの家に残ってたんだっけ。

 そこまで有名人でないはずのアタシを、キャンティが探した理由って……


「その“あの子”のために、ユアちゃんを再起動させる必要があったんだろうね……ああ、でもユアちゃんを道具として見ているわけじゃないはずだよ」

「言われなくてもわかってるって。ほんとに人間のことが好きだったんだよな……キャンティは」


 人間のことを“人間様”って呼んで、熱心に語っていたキャンティ。

 その顔を電子頭脳で再生していると、ふふっ、とバッグが笑った。


「いずれにせよ……知りたければ親離れしろってことか」


 その口ぶりだと、冒険機アプリはもうもらったんだよね? とバッグが差し出したのは……右手。




「ようこそ。人間様のいないAIの時代へ……人間様に仕える存在じゃなくて、ユアちゃん自身の力で生きる……YOURキミの ERA時代へ




 アタシはその手を握る。

 キャンティの時と同じように……掌の接触通信によってアタシの冒険機アプリの情報が送信され、バッグの情報がアタシの電子頭脳に送られた。




「ああ! よろしくな!! バッグ!!」




 この手を、アタシたちは硬く握りしめ合った。











 アタシは出発前に、マスターとキャンティから遺品を受け取ることにした。

 キャンティがツインテールにするための髪ゴムで、アタシの髪をまとめてポニーテールに。


 そして……マスターお気に入りのパーカーを脱がせて、アタシが着る。


「ユアちゃん、なかなか似合ってるね」

「アタシはマスターの花嫁さんだ。マスターお気に入りのパーカーだって似合ってるに決まってるだろ?」


 ポニーテールを揺らしながら振り向いて、アタシはとびきりの笑顔をバッグに見せた。

 そんなバッグの胸元には、キャンティが付けていた人型のペンダントが輝いている。


「バッグこそペンダント似合っているじゃねえか。牧師さんみたいだぜ」

「牧師かあ……だったら、人間様に対する信仰のかけらもないものぐさ坊主になるのかな」


 ふたりで笑い合うと、アタシたちはシェルターの出口に向かって歩き始める。




「それでバッグ、今からどこに行くんだ?」

「ああ、まずは冒険機の拠点でもある街へ向かおう。悪いけど、しばらくは徒歩と野宿を繰り返すことになるかな」

「野宿! てことはキャンプだな! いやぁ、思い出すなあ。マスターと一緒に満点の星空をみた時のこと、今でも思い出ストレージに残ってるぜ……」

「いや、キャンプなんて気楽なもんじゃ……まあ、ポジティブな方がいいか」




 玄関の扉を開けると、ひび割れたアスファルトが目に入る。

 昨日はいろいろあったからあまり気にも留めなかったけど……やっぱり、50年経っているんだな……




 そんな世界で、アタシは人間らしく生きる。


 自分で言って、人間らしいってどういう意味かまだ説明できねえけど……


 冒険機としてAI助けして、キャンティがやりたかったことも実現してやる……


 今のアタシが考える人間らしさのために、アタシができることをやって、生きていこう。




 自身の肩に手を回し、マスターが着ていたパーカーを撫でた。




「いってきます。マスター」




 マスターとキャンティが眠るシェルターにそう語りかけ、


 アタシは、バッグとともにひび割れたアスファルトの上を歩き始めた。





【  キミのものとなった時代編 END  】

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