第7話 アタシとバッグ




 その夜、アタシは夢を見た。


 スリープモード中に行われる記憶の整理。

 その中でごく稀に、記憶を再生することがある。人間が見るという、夢みたいに。




 工場で作られたアタシは品質テストを受けた後、マスターの住む家へと送られた。


「はじめまして。あなたのお父さまに付けられたワタシのニックネームはユア。お父さまとお母さまの留守の間、ワタシが代わりにあなたと留守番をします」


 まだ疑似人格が未熟なアタシは、初期設定の口調で3歳のマスターに自己紹介した。あのころのマスターはまだ怖かったんだろうな。大きな熊のぬいぐるみの後ろに隠れて、覗くようにこちらを見ていたっけ。




 そんな反応も、最初だけだった。

 しばらくするとマスターは自分から話しかけてくれて、お喋りしたり一緒に遊んだりするようになった。

 マスターがアタシの絵を描いてくれた時には喜びという感情がわき上がって、マスターが泣いている時はアタシも悲しいって思うようになった。あくまでプログラミングされた感情なのに、マスターと変わらない感情なんだって思うようになってきた。




「ねえユア。ユアが人間になったら、僕と結婚してください!」




 プロポーズを受けたのが、マスターが5歳になったころだった。


「……申し訳ございませんが、ワタシはAIです。人間にはなれませんし、婚姻は認められません」

「ううん。なれるよ! 人形でも人間になれるって絵本にも書かれていたんだもん!」


 マスターはその小さな両手で、アタシの片手を握っていた。


「海の向こうにいるお友達が言ってたんだ! この地球上で生きている生き物の中で、人間だけが自分から手を伸ばせるんだよ! 困っている人を助けて、たくさんの人とお友達になる……! ユアでも出来るよ!」


 その生きた瞳で機械の瞳を見つめる、マスター。


「ボクが大きくなってね、ユアが人間になったら……ふたりで結婚式を上げるの! たくさんのお友達に囲まれてね! だからね、ユア……」


 楽しそうな表情が消え、少しずつ涙声になっていく。


「それまで、カイタイされないでね……?」




 そこでようやくアタシは、近所の家で住んでいるAIが回収されたことを思い出した。

 長い間務めていたそのAIは不具合が多く発生し、中古で買っていたということもあり制作会社に回収、解体されたらしい。


 きっとその話を、噂話で聞いてしまったんだろう。

 不安で涙を流すマスターを、アタシはなで続けていた。




 その次の日から、アタシは人間になろうとがんばった。

 マスターのお父さんが持っていたマンガから、人間らしい言葉使いを探して学んで……近所に住んでいるマスターの友達にも相談して人間らしい口調が出せるようにがんばった。それが今の口調だった。


 それに加えて、マスターのお母さんに提案して家事を手伝おうことにした。マスターがお母さんのお手伝いをして褒められているのをみて……あれも人間へなるために必要なことなんだって判断したからだ。


 マスターが大きくなって、アタシとの関係を恥ずかしがるようになっても……アタシは人間になろうとした。

 そのおかげもあったのかな……マスターが子守を必要としない年代になっても、お父さんとお母さんはアタシを置いてくれ続けてくれた。


 アタシが人間になろうとしたのは、マスターを悲しませたくないため。そして……マスターと結婚して、いつまでも幸せに暮らすことを思うと……経験したことのないぐらいの喜びを、疑似人格が感じたからだった――










 ――スリープモード 解除――









「――おはよう、マスター。ゆっくり眠れたか?」


 アタシはベッドの上で、隣で眠るマスターに挨拶をする。

 そして、マスターが返事をするまで、待っていた。


 周りの人骨たちが見守ってくれる中……目の前の人骨の額に手を当てる。

 幼いころのマスターの元気な返事が電子頭脳の中で再生された……




 ――元気な挨拶を聞いたアタシの視界が、ノイズに包まれた。









・冒険機アプリ

https://kakuyomu.jp/shared_drafts/zD3yKBWdNsd7OsSOLKco5JBLrMF4bQvb




 人骨マスターを抱えて食堂へと訪れると、席の上に気になるものを見つけた。


 それは……人型AIの胴体。

 胸には、見覚えのあるT字に手を伸ばした人型のペンダント。


 アタシを修理してくれて、ともに行動してくれて……

 ワシ型兵器に電子頭脳ごと頭部を破壊された、キャンティだ。




「あ、ユアちゃん……もうだいじょうぶなのかい?」




 後ろを振り返ると、バッグが立っていた。


「ああ、いい夢見たからな」

「夢かぁ……それはいいね」


 静かに笑うと、その胴体の前でしゃがんで目線を合わせる。


「……そういえば、昨日の続きを言わなくちゃね」


 ……たしか、アタシがバッグとキャンティの関係を聞こうとした時に、ワシ型兵器が部屋に自動車を投げ込んできたから聞けなかったんだよな。


「人間様がいなくなってから……おじさんたちAIは、同じ疑似人格を持ったAIの手によって創られるんだ」

「へえ……アタシは工場で創られたんだけど、今は職人みたいなAIがいるのか」

「うん。人手が必要になった時とかに注文が入って、新たなAIが生まれるんだよね」


 するとバッグは、キャンティの胸元にあるペンダントを触る。




「まあ、なんというかね……正確に言うと彼女は冒険機じゃない。街の外に関わる依頼を請け負う冒険機……彼らを生産する生み出すのが、彼女の役割なんだよ」




「……それじゃあ、バッグって」

「ああ。冒険機としての役割を果たすために、彼女に創られたのがおじさんなんだ。おじさんにとって彼女は……母親、って呼べばいいのかな。人間様の感覚で言えば」




 その言葉を聞いた時、キャンティの声が電子頭脳の中で再生された。




 ――もちろん悲しいことだっていっぱいあるよ。【大切なAIを】なんども目の前で破壊されたことだってあるもの――




 あの時見せた笑顔を見て、マスターのお母さんを思い出したのも間違いじゃなかったんだ。




「おじさんは人間様なんて興味ないし、人間様を知るために無茶をする彼女のことはよくわからない。それでも……おじさんなりに、ユアちゃんの気持ちはわかってるつもりだよ」




 微笑むような声のバッグに安心していると、ブザーがふたつなった。

 アタシとバッグから発せられた、バッテリー減少を知らせる腹の虫アラームだ。


「……ははは。そろそろエネルギー補給しないとね。食料、残ってたかなぁ……」

「それじゃあアタシが取ってくるぜ。ここには備蓄倉庫があったはずだからな」




 備蓄倉庫から取ってきたカンパンを開封する。


 アタシは人間を模して創られた唇を開き、バッグはアゴのカバーを外し、


 歯でカンパンをかみ砕き、その食感を味わった。




 そばの椅子を見ると、そこに座る上半身だけの人骨マスターと胴体だけのキャンティがアタシたちを見守ってくれていた。


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