第2話 役立たずのシェルター



 ――再起動、完了――



 ……?

 目の前に映し出された天井を見て、アタシは思わず体を起こして辺りを見渡す。


「ここは……」


 ……病室?

 天井の電気の代わりに、机の上に置かれたノートパソコンが白い部屋の一部を照らしている。画面には、アタシが問題なく再起動したことを知らせるメッセージが表示されていた。


 というか、アタシって機能停止したはずだよな……?


 自身の両手を見てみる。

 アタシのボディは元々マネキン型だったけど、今は白い装甲で覆われていたものになってる……うん、手を閉じ開きしてみたけど違和感なく動いてるな。

 破壊され漏電していたバッテリーも、左胸の中で問題なく起動している……誰かがアタシを修理したのか? 一体誰が……




(!! そういえば、マスターは……!?)


 アタシは首元に刺さっているパソコンのケーブルを外し、ベッドから降りる。


「あっ」

 

 が、すぐになにかに躓いてしまった。

 人型AIであるアタシの機体に痛覚は存在せず、代わりにダメージを受けた通知が電子頭脳に届けられてきた。まあ、大した損傷もなかったから問題なさそうだけど……

「……」


 その躓いたモノを見て、アタシの電子頭脳はフリーズした。




「……人……骨……?」




 人の形をした、骨。

 中身が腐り、支えるための骨が残った、死体。




 人骨があるということは、ここで人間は死んだ。

 人間が死んだということは、襲われた可能性がある。


 襲われた可能性があるということは、アタシが襲われる可能性がある。マスターが襲われる可能性がある……!!


 そんな考えが浮かぶと、疑似人格の中で恐怖感情の数値が増加していく……!


「あ……ああ……ッ!?」




 側にあったノートパソコンを手に辺りを見渡すと、隣のベッドにも人骨が横たわっていた……!!


「……ッッ!!」




 マスターを探さねえと!!




 アタシはPCを持ち出して病室から飛び出した。


 廊下の中も、至る所に転がる人骨。

 走る中、廊下の模様をカメラに収めていると……電子頭脳の中で記憶が再生された。


 この廊下、病院じゃなくて……

 アタシたちが向かおうとしていた避難シェルターだ……!!


 さっきの部屋は、シェルター内の怪我人や病人のための医務室なんだ。

 前にマスターと一緒に避難訓練で訪れた避難シェルターの景色……たしか、人が集まっているところは……!!


(集会場だ! なにかあったら集会場にいるスタッフに報告しねえと……!!)


 


「!!!」




 思い出さなければ再生しなければ、よかった。


 避難訓練に参加していた人間たちが、この集会場に集まっていた景色を。






 イスの上に、顔を乗せる人骨。


 壁にもたれかかった、人骨。


 そして、床に散らばった人骨……


 手だけ、足だけ、頭蓋骨だけ……

 どの人骨も、五体満足でない人骨ばかり。




 今、避難シェルター内の集会場に集まっていたのは、人骨たちだった。




 地下にもかかわらず、ぽっかりと空いた天井の穴。


 思わず足の出力が落ちて、膝をつく。

 天井の穴から覗く満月の光が、アタシを照らしていた。




 命がけでここに逃げ込んだ人間たちの結末が、そこにはあった。




「マスター……どこにいるんだよ……」




 満月に向かって合成音声を投げかけても、答えは返ってこなかった……











「チュイ」


「……!」


 突然、後ろからノイズ混じりの鳴き声が聞こえてきて振り返る。




 そこにいたのは……ネズミ? にしてはでかくないか?

 アタシの膝ほどはあるそのネズミは、毛のない鉄の体を月光で光らせ、刃物で出来た歯を見せながらモーターの音を響かせ近づいてくる。

 もしかしてこいつら……兵器じゃねえよな? でも、あの時空から降ってきた兵器も動物みたいな格好してたし……


 まて、今そんなこと考えている場合じゃない!

 そのネズミ型兵器が……3体もいるッ!!


「チュイッ」

「!」

 

 こちらにむかって、1体飛びかかってきた……!!




 その瞬間、アタシはその場にしゃがみ込んだ。


 反射的に、というよりは、最低限の動きで回避と次の攻撃への準備を兼ねていることを、アタシは




 ネズミ型兵器が空中を通過した瞬間!


「チュbi!!?」


 その場で跳ね上がり、右足を伸ばしてサマーソルト水平軸を中心に360度回転ッ!。


 足による打撃を受けたネズミ型兵器は、一際大きいノイズを出し、壁へと叩きつけられる!



 

 ノイズによる悲鳴を聞いて、残りの2匹も走り出す!




 アタシは休むことなく足を狙ってきた1匹を蹴り飛ばしッ!


 後ろに回り込んだもう1匹に振り向き手刀をたたき込んだ!




「bi……ビビbi……」


 手刀をたたき込まれたネズミ型兵器は立ち上がろうとしているけど、手刀と地面に叩きつけられたことで内蔵されている機械に異常が起きたのか、ふらふらとおぼつかない足取りでその体を漏電させている。


 アタシはそんなネズミ型兵器の胴体を上から抑え、首を掴んでいる。掴んでいるけど……


(……どうしてアタシ、こんな動きをしているんだろう?)


 首を引っ張ると、ネズミ型兵器の胴体は抵抗するように手足を動かす。

 やがてその首筋が裂け、ブチブチと千切れ火花を散らすコードが顔をのぞいた。


「ビ……bi……bギッ  プツン


 やがて完全に頭部と胴体が別れると、ネズミ型兵器は機能を停止した鳴かなくなった

 首の断面からは花のように鮮やかな火花を散らし、オモチャのように手足を動かす胴体も、次第にスピードを弱め停止へと向かって行く。


「ア……アタシが……やった……?」


 目を点滅させるネズミの頭部を呆然と眺めながら、そんなことしか声に出せなかった。

 もちろんアタシは、他のAIを破壊した経験なんてない。なのに……まるでアタシが戦い慣れているかのように、勝手に体が動いて……兵器を破壊していた。


 でもこれ……敵国の兵器を破壊したとしたら……



「「Dyuウイィッ!!」」

「ッ!!」


 地面に現れたシルエットを見て、アタシは振り返る!


 しまった!! アタシが破壊したネズミ型兵器は、1体だけ!

 取りこぼした残りの2体がその体を漏電させ、鋭い牙を向ける……!!




「がびYu」「ぎゅBi」




 瞬間、響いたのは2発の銃声。




 飛びかかってきたネズミの頭部には穴が開き、火花と基板が飛び出す。

 そのままネズミ型兵器たちはアタシの横に崩れ落ちていった。




「いやー、危なかったねー」




 ゆらり、ゆらり。


 暗闇の中から、丸い光がやって来る。




 満月の光が照らす場所へとやって来たそいつは……




 ……人型AI?




「それにしても、ちょっと離れている内に再起動していたなんてね。どうせだったら、再起動の瞬間という記念的瞬間に立ち会いたかったのになぁ」


 女性らしいボディに黄土色のレザージャケットとバックパック、そしてチェストライトを着用した人型AI。

 白いツインテールの先に赤いメッシュが入ったその姿は、燭台キャンドルスティックを思わせる姿だった。


 手にした二丁拳銃を腰のホルスターに仕舞いながら、人型AIがこちらに近づいてくる……


「これが人間“様”の言う、“シーエムの間にトイレ言ってたらバングミが始まっていた”……なのかしら」

「……」


 ふと、アタシはあることに気づいてしまった。

 これって、やっぱり……


「怖がるのも無理ないよね……でも安心して。私はこいつらみたいな兵器じゃない。疑似人格と“キャンティ”という名前を持っているんだから」

「……」


 その人型AI……キャンティが、アタシに手を伸ばしてくれた……

 首にかけてある、T字に手を伸ばした人型のペンダントがすごく印象的な人……でもアタシは目を合わせることができなかった。


「だいじょうぶだって。キミから“人間様”のことをいっぱい聞きたくて、私はキミを治したんだよ」

「……弁償」


 ぽつりと、言葉がこぼれた。「ん?」とキャンティが不思議そうに首を傾げていた……




 気がついたら、アタシはキャンティの肩を掴んでいた――ッ!!




「アタシ、外国の兵器勝手に壊しちまったよおおおッ!! これ、弁償だよな!!? 弁償だよなぁ!!?」

「……??????」




 その肩を揺さぶって、アタシの口から心配事を次々と再生する!


「物を壊したら弁償だって、マスターのお母さんは言ってたんだ! 兵器って何億円もするんだろ!!? 言い訳どうしよう!! 人間に怒られない、なんかうまい言い訳ないのかよお!!?」

「????????ジー??????????????ジジジジジ




 アタシはキャンティにこの状況をどうすればいいか聞きたくて、ひたすら揺らす!


 キャンティは処理落ちの音ジジジジを響かせていて答えない。

 さっきまで破壊されそうになってたのに、何言ってんだコイツって思うだろうけどよお! 弁償だなんてアタシできねえよお!!




 やがてキャンティの処理落ちが終わり、声を出してきた。





「言い訳もなにも、人間様はいないよ? というか、絶滅したよ?」

「……え?」


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