キミのものとなった時代編

第1話 アタシとマスター



 今日は、いつもより騒がしい朝だった。


 アタシたちが暮らす国に宣戦布告していた国が、AI兵器を乗せた飛行機を飛ばして迫っている。


 そんなニュースが、避難警告とともにテレビに流れていた。




「ねえ、“ユア”……キミは、怖くないの?」


 家の玄関から出ると、アタシのマスターが訊ねてきた。

 身長140cmのマスターは、着ているお気に入りの水色パーカーを掴んで、アタシを見上げている。その表情から怯えの感情を認知した。


「……怖い? 怖いって、これから行くシェルターのことか?」


 今から向かう避難用シェルターには、行ったことがある。

 その時は他の人間もいたけど……そういえば隣で寝ていたオッサンがいびきをかいて、マスターは眠れないって困っていたっけ。

 人間は寝不足になると元気がなくなるから、そう思うとたしかに怖いよなあ。


「……いや、そういう意味じゃないけど」

「え? 違うのか?」


 なぜかわからないが、呆れた様子のマスターは瞬きをしていた。


「……兵器が飛んできたって話、ニュースで聞いたでしょ?」

「あー。でも、避難するシェルターに行けば助かるんだろ?」

「たどりついたら……ね」




 マスターが、アタシの手を強く握る。


「ねえユア……もしかしたら、向かう途中で死ぬかもしれないって、思わない?」


 アタシは思わず、眼球レンズを縮小させてマスターを見ていた。

 

「死ぬかもって……シェルターに逃げ遅れることか」

 

 人間に限りなく近い、合繊音声特有のイントネーションで答えると、マスターはコクリとうなずいた。


 死……アタシは電子頭脳の動作音を響かせて、自分に重ねて考えてみる。

 アタシが機能停止して、そのまま修理されずに廃棄されたら。そしたらマスター、悲しむんだよなぁ……

 マスターが悲しんだら、アタシも悲しくなる。その逆で、アタシが死んだらマスターは悲しくなって、アタシもずっと悲しむ……そんなことを考えると怖くなってきた。


 ……マスターを元気つけなきゃ。

 こんな怖いことを心配しなくていいって、元気付けなくちゃ。

 アタシはかがんでマスターの手を握った。




「安心しろって、マスターの未来のハナヨメさんであるアタシがいるだろ?」




 アタシは、子守り兼家事手伝い用人型AI。マスターが4歳のころにこの家にやってきて、ずっとマスターをお世話してきた。ちょっと昔だと、アンドロイドっていうのかな。


 そんなアタシは、創られる前からデザインされたこの笑顔をマスターに見せる。


 人間らしすぎて人間らしくない、折り紙で作ったひまわりのような笑顔を。

 10年間マスターを安心させ続けてきた、この笑顔を。



 

「……またやってるの、それ」

 

 マスターは怪訝そうに眉をひそめていた。

 

「ええー!? だってマスター言ってたじゃねえかよぉ! 将来、アタシと結婚するって!!」

「それは僕が幼稚園の時! もう14になるんだからやめてよ!」

 

 マスターは顔を真っ赤にして頬を膨らませた。そんなに照れることなんてないけどなぁ……前にもふたりっきりで手を繋いで帰っていたら、クラスメイトの子を見た瞬間に手を離したがってたし……最近のマスターはおかしい。

 でも、マスターの元気な声を聞いて、アタシの疑似人格は安心していた。



 

「どーしてマスターがそんなに怒るかわかんねえけどよぉ……アタシは怖くねえぜ。夢があるからよぉ」




 アタシはマスターの手を握ったまま立ち上がる。


「それもまだやってるんだ……人間になる、でしょ?」

「ああ!! アタシはAIだけどよお、いつか人間になってマスターと結婚するんだ!!」


 アタシはマスターと全然違う。

 顔は一見すると人間と変わらないものの、肌は作り物のように白く、目は水色の光が宿ったオレンジ色の眼球レンズアイ。耳はアンテナがついた機械の耳で、その左頬には稼働状況を示すランプが埋め込まれている。

 体だって清潔な水色のワンピースから覗く首元、肩、足が球体関節のプラスチック製マネキン型。これじゃあまるで人形だ。


 だから、マスターと結婚するために……アタシは人間になりたい。


 アタシの眼球レンズが受け取った映像は、夕焼けの光。

 その光に向かって、アタシは宣言を続ける。


「マスターと一緒にもっと勉強して、もっといろんな場所にいって……もちろん、マスターに悪いことするやつらはアタシがぶっ倒してやる!! アタシは、マスターに相応しいハナヨメさんになってやるんだ!!!」


 ……隣で、笑い声が聞こえてきた。


「……本当に、変わらないんだね。ユアって」

「へへっ! 人間になってもアタシはアタシだから、心配すんなって!」


 そう言ってやったら、何故かマスターはさらに笑いだした。

 どうして笑ってるのかは分からないけど、マスターが元気になったらそれでいっか!


「なにしているの?」

「ふたりとも、いちゃついていたら置いていくぞー」


 駐車場の方向から、マスターのお父さんとお母さんが呼びかける。


「もー! お父さんまでー!!」


 マスターの反発する声に、ふたりの笑い声。それを包む、避難勧告の声。


「マスター、早く行こうぜ!」

「……うん!」


 アタシはマスターの手を取って、ふたりのところまで歩き出した。




 だけど、その笑顔は自動車の前で消え去った。

 空を見上げて目を見開いたマスターの様子に、アタシも同じ方向を見てみる。




「あれって……龍……?」

「いや、違う……あれ生き物じゃねえ……」




 蛇のように唸りながら空を通過する東洋の龍……の形をした、飛行機。


 その腹が開いたかと思うと、無数の影が落ちてきた。




 影は地上に向かうにつれ、そのシルエットが見えてくる。


 オオカミ、ライオン、イノシシ、フクロウ、クモ……


 金属の装甲で出来た機械の動物たちは、地上へと落ちていく……




 ふと視線を戻すと、こちらに向かってトラックが飛んできていたッ!




「マスターッ!」

「え――」

 

 すぐにマスターを庭へ押し倒すッ!


 その直後――








 胴体が押しつぶされる感覚を感じ、アタシの視界がフリーズした。











「……マ、マス……ター……」


 アタシが顔を上げると、庭の芝生に倒れてこちらを見ているマスターが映った。

 その背後に……巨大なワシの見た目をした機械が近づいていた。

 ……マスターが危ない! 早く逃がさなきゃ……


「……!」




 ――胴部内蔵バッテリー破損。機能停止シャットダウンまで残り30秒――




 アタシの頭部、両腕、右胸を除いたボディが、ひしゃげて潰れていた。動力源であるバッテリーが内蔵されていた左胸は、漏電を起こしている。

 横を見てみると、窓から出ている人間の腕、そして赤い血……マスターのお父さん……

マスターがその場から動かないのは、その腕を見たからだ。


 きっと……さっき飛んできたトラックが、この自動車を押し潰したんだ。マスターを除いた……アタシたちを……巻き込ん……で。


  電子頭脳の動きも……だんだんと鈍くなってきている……

  マスターを……逃がさな……きゃ……


「……マ、マス……ター……ニゲ……」

「……!! ユア……」


 僅かに機体に流れる……電力を使って声をかけて……やっとマスターが立ち上がってくれた……


「……ぁ」


 だけど……マスターはさらに上へと……上っていく……

 ワシの姿をした機械が……マスターの胴体を掴んで……アタシから……マスターを……引き離……して……い……く……


「……だ……いやだ……!! ユア……助けて……!」

「ハ……ナ……セセセセセセセセsesesesessssssss―――――       」













 ―― 機能停止シャットダウン ――




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