3. 煙草
僕は母子家庭で育ちました。それと直接関係はないのですが、母はよく煙草を吸う人でした。酒も飲まず、甘いものも食べず、趣味らしい趣味も持たず、一心不乱に働きどおした人でしたが、たまに寛ぐときには必ず、タバコをくわえていました。僕はその煙のにおいが嫌いで、それを知る母は、僕が家にいるときには僕から隠れるようにして煙草を吸っていました。
道央に位置するB市は豪雪地域です。十一月に入ると雪が降りはじめ、中旬になると、歩いて外出するのがおっくうになるほど降る年もあります。
その日は午後から雪がちらつき始めました。まだ気温が下がり切っておらず、雪は大きなボタン雪です。音もたてずに降りしきり、あたりがうす暗くなるころには一面銀世界となってしまいました。
肩や袖に降り積もる雪を払いのけながら僕はいつもより早めに帰宅しました。シャワーを浴びて温まると、鍋焼きうどんを作ってダイニングキッチンの小さなテーブルで食べました。額に汗をかくほど体が温まったので、その勢いで手早く洗い物をすると、冷蔵庫から缶ビールを取り出して、ダイニングキッチンの隣の居間に行きました。隣の部屋と言っても、常に引き戸を開け放っている、五畳の続き間です。そこに足を踏み入れたとたん、僕は顔をしかめました。煙草の煙のにおいがしたのです。でも、居間には換気扇も通風孔もありません。僕は煙草を吸わないし、今、同居している人はいません。
この煙草の煙は、雪が深々と降りつむ夜、僕がダイニングキッチンにいるときに限って居間に現れるようになりました。
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