2. 玄関扉のハンドル

 最初にそれを見たのは、飲み会のあと、真夜中に良い気分で家に帰ってきたときでした。


 シャワーを浴びて、歯を磨いて、コップに一杯水を汲んでひと息に飲み干しました。さあ、トイレに行って寝ようかと、ダイニングキッチンから玄関に出る扉を開きました。人が二人も立てばいっぱいの狭い玄関ホールの右手にトイレの扉があります。


 用を済ませ、トイレから出てきたとき、何か違和感を感じました。ぼんやりした頭であたりを見回し、玄関扉を見たとき、その違和感を理解しました。水平なはずの扉のハンドルが少し傾いでいます。見ていると、さらにじりじりと押し下げられていきます。

 とっさに鍵に目をやりました。つまみは水平、つまり確実に施錠されています。ということは、本来、ハンドルが動くはずはないんです。


 ハンドルが水平方向から四十五度押し下げられると、扉がカタンと鈍い音をたてました。ハンドルを引いたのでしょう。鍵は確かに閉まっていますから、引っかかって開かず、カタンと音をたてたのだと思います。その音とともにハンドルは水平位置に戻りました。


 ぞっとして、すぐにチェーンをかけました。体がじいんと痺れて動けず、しばらく見ていると、ハンドルはもう一度、きゅう、と引き下ろされ、しばらくしてカタンと音をたてました。それ以外の音は一切しません。

 そっと覗き穴に目を近づけましたが、ぼんやりと薄暗い廊下が見えるだけです。ドアに耳をつけても、何の音も聞こえてきませんでした。

 気味が悪くなったので、テレビをつけて、布団にもぐりこんで息をひそめるようにして眠りました。


 僕が卒業して部屋を出るまで、少なくとも四、五回は、施錠されているハンドルがきゅうと押し下げられるのを目にした気がします。

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