第10話



 猫は呆然とする私を見ながら、「早く早く」と尻尾を振った。


 慌てて猫を追いかけた。


 自然と、足は動いてた。


 周りは嘘のように別世界になっていた。


 私の知っている町並みは消えて、路地の横に立ち並ぶ家や建物は、まるで遠い昔の中にある世界のようだった。



 …どこ、ここ


 …昔の町?



 いや、そもそも…



 わからない


 わからないけど、その「場所」が、ずっと過去にある場所に見えた。


 どこかで見たことがあって、それでいて、ずっと遠い時間の先にある景色。


 そんな感覚になって、不意に懐かしくなる自分がいる。



 公園が見えた。


 誰もいない道を歩いていくと、古びた家屋や商店が、所狭しと並んでいった。


 シンプルなフォントで書かれた、「青果店」や「鮮魚店」。


 さしかけの上や、壁に突き出すように設置された白いブリキ看板に、遠くからでもわかるほど大きく、レトロチックな文字が並んでいた。


 焼き鳥店や焼肉店の下には、赤い提灯がところどころにぶら下がっている。


 どの建物も古く、それでいて確かな骨格を持っていた。


 間口いっぱいに店を開けて、目の通った檜材の格子を並べ、その上に背丈が一尺以上もある一本物の大きな桁を渡している。


 軒の上を見ると銀色の日本瓦が敷かれていた。


 その付け根からは二階が立ち上がり、細長い煙突のようなパイプが上に向かって伸びていた。



 軒下には、ビール瓶の入っている木箱や、火のついていない石油ストーブが置かれていた。


 「たばこ」と書かれた立て看板や、駄菓子屋の前に停められた、たくさんの自転車。


 人はいなかった。


 「どこ」にも。


 整然と続いていく古びた木造建築の周りには、人の気配らしい気配がなかった。


 だけど、駄菓子屋の外にはアイスクリーム用の冷凍ケースが出されてて、焦茶色の陳列棚にはたくさんのお菓子が並べられていた。


 まるで、ついさっきまで、この場所に「誰か」がいたかのようだった。


 通りの端に停められた移動式の屋台には、丸椅子が四つほど並べられていた。


 剥き出しの豆電球からはコードが伸び、割り箸やレンゲが、「ラーメン」と書かれた暖簾の下に綺麗に立てかけれていた。

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