第11話 我慢
〜バイト先にて〜
「その傷どうしたんだ?」
バイト先で後藤さんが顔についた傷を心配してくれる。
「もしかして、あのときの奴らか?」
「いえ、この傷は今日の体育でころんだものです」
「そうか」
「もしもまた何かされるようなことがあれば言ってな」
僕は嬉しかった。学校ではイジメが再開したが僕の味方が一人でもいるということが少し心の支えになっていた。
「あとさ、こないだ俺の友達が佐藤さんの連絡先を知りたがってて」
「峰田くん佐藤さんの連絡先知らない?」
「佐藤さんのですか...」
「うん、こないだ本人にきたけど教えてくれなくて」
「ここの従業員、店長以外は皆しらないみたいでさ」
僕は後藤さんになら教えてもいいと思ったが、佐藤さんが誰にも教えたくないのなら言わない方がいいと思った。
「僕も佐藤さん連絡先は知らないですね」
「そっか」
僕等は仕事に戻った。
バイトが終わる時、
あ、後藤さん。
僕は更衣室で帰る支度をしている後藤さんを見つけて話しかけようとした。
「なぁ、佐藤さんの連絡先聞けたか?」
後藤さんは他の従業員と佐藤さんの話をしていた。
「聞けなかったわ」
「まじかよ、峰田くんなら知ってるかもって言ってたから結構待ってたんだぜ」
「悪かったよ」
どうやら、後藤さんは僕が佐藤さんの連絡先を知っていると思っていたみたいだ。
「はぁ、使えないな」
「ただでさえ、人気がないのに後藤さんの連絡先も知らないなんて」
「もう構ってあげなくてもいいか」
後藤さんが僕に話しかけてきたのは最初から佐藤さんの連絡先を聞くためだったらしい。
僕はここでも居場所がなくなってしまうのか。
僕は慕ってくれる人が居なくなるのは嫌だと思った。
ここで佐藤さんの連絡先を知っていると言い、後藤さん達に教えてもいいと思ったが、その後僕はどうなるだろう。
今の話しを聞いている限り僕は連絡先を教えた後はもう用済みになり、もしかしたら後藤さんにはもう話しかけてもらえなくなるかもしれない。そして勝手に連絡先を教えるのは佐藤さんは嫌がるだろう。最悪佐藤さんにも嫌われてしまう。僕は佐藤さんと後藤さんを天秤にかけた。
どっちが一番僕にとってマシな結果になるだろう。
そして僕は佐藤さんの連絡先は誰にも教えないことにした。
しかし僕は信じていた後藤さんが実は僕を利用しようとしていたことにとてもショックだった。
僕はもう誰も信じられないかもしれない。
今日は学校でのいじめが再開してバイトでは慕っていた先輩が実は僕を利用しようとしていた事が判明。僕は精神的にきつかった。ここまでの苦しみはとても久しぶりだった。
もう誰も信用できない。
今すぐにでも死にたい。
しかし、今日の苦しみはまだ終わらなかった。
僕が家に帰ると父の姿が見当たらなかった。靴はある、ならどこにいるんだ?僕は今日一日がとてもつらかったので考えたくは無かったが1つだけ父の居場所が頭によぎった。
「まさか」
僕は急いで自室に向かった。底には父がお金をもって立っていたのだ。そのお金は僕が毎月もらっていたバイト代から生活費を引いてためていたお金。食費をなるべく抑えてためていたお金。父に嘘を付き少しずつ貯めていたお金。それを父は僕の部屋から見つけ出して持っていた。
「お前なんだこの金は!」
父が怒鳴る。
「このお金はもしものときのためで...」
このお金はもしも大金が必要になった時のために取っていたお金だった。
「この俺に嘘をついていたのか!」
僕は殴られた。斎藤遊真とは違い、父は場所を考えずに殴る。
僕はせめて顔だけは守る。顔は傷が目立つから。
他人に心配されると面倒な事になるから。
僕はここでも『我慢』をした。今日何度目だろう。
学校で斎藤遊真達にいじめられた時。
バイト先で先輩達から見捨てられた時。
そして、家で親に叱られた時。
僕は限界だった。
今までしてきた『我慢』に今日、久しぶりの『我慢』が積み重なった。
普通の人なら『やり返す』や、最悪、手が出てしまうだろう。ただ僕はそこには至らなかった。僕がたどりついたのは『無』だ。
なにをされても完全に感じない。痛いとも思わない。なにを言われようが僕には心になにも感じなかった。
多分、僕の心は修復不可能の所まで行ってしまった。
僕に残っているのは生き続けることではなく完全な『無』。すなわち、死ぬことだ。
そして父からのDVは終わり僕は部屋で一人になっていた。
「あ、今日の晩ごはんないや」
僕はそのことしか頭に浮かばなかった。
僕は財布に入っていたお金をもって近くのコンビニにいった。
僕はコンビニで買った晩ごはんを一人薄暗いなかいつもの川沿いで食べていた。
何も考えないまま、一人黙々とおにぎりを食べていた時。
「何してるの?」
誰かに話しかけられた。僕は警察の人だと思った。僕は前に何度かDVを受けた時一人で家を抜け出しここへ来て警察の人に話しかけられたことがある。
「すみません」
「今から帰るところなんで」
そう言って振り向くと、そこに居たのは後藤さんだった。
後藤さんは僕の顔をみて何かあったのだと感じる。
「どうしたの?」
「なにかあった?」
僕は後藤さんに顔の痣を心配されているのだと思った。
「この傷は少し怪我しただけ」
「それもだけど」
「峰田くん初めてあった時と同じ顔をしてる」
「いやもしかしてそれ以上かも」
佐藤さんは最近の僕の顔と比べていたのか、今の僕の表情にビックリしていた。
「少しね」
僕は説明する気力もなかった。
「そっか」
佐藤さんは相変わらず深入りしない。
「佐藤さんはどうしてここに?」
せっかく佐藤さんが来てくれたので僕は少し話す。
「峰田くんにバイトが終わった頃に連絡したんだけどなかなか返事がかえってこないから心配で...」
佐藤さんは僕が一人で死ぬのだと心配していたらしい。
あぁそれでも良かったな。
「大丈夫だよ」
「心中するって約束したじゃん」
「うん」
この時私は、峰田くんがなにも考えずに返事をしているのだと思った。
彼は何も考えず返事をすることがたまにあったが、今回はいつも異常に脱力しているように感じた。体もそうだが、なにか糸が切れたみたいな感じで。
「そろそろ帰ろっか」
「警察の人に見つかるといけないし」
「うん」
私は彼の言う通りに解散することにした。
私は彼と心中すると決めた。だが、今回彼にあった時何故か助けないといけないと思った。もうじき私とともになくなる命なのに。
私は彼に言った。
「もうすぐ冬休みだからどこか遊びにいこう」
「いいよ」
彼はすぐに承諾してくれと。少し安心した。
「もうすぐ冬休みか、佐藤さんどうせなら冬休み中にしようか心中」
彼はさっきの私が遊びに誘ったことを流して聞いてたかのように言った。
「そうだね」
私は、少し残念そうに答えてしまった。
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