二 彼女という存在

そんなある時、学校で部活動の勧誘が始まった。

僕は少しでも人に慣れられるような、モテるような部活に入りたいと思っている気持ちのどこかで目立たず、ひっそりと、そんな部活あったの?と言われるくらいのものに入りたいと思ってしまっていた。

矛盾した気持ちを心にしまい、ただただ人の群れに歩んでいった。


サッカー部どうですか〜、バスケ部来なよ、剣道部どう?


周りからは勧誘の声ばかり。全部自分に向けたものではないと心に言い聞かせて、下を向きスタスタと廊下を進むしかなかった。


ふと周りを見ると声も人も消えていた、どこまで来てしまったのだろうと来た道を戻ろうと振り返ろうとした時だった。


「あ!!不思議くん!!」


静かな廊下に声が響いた。彼女だ、一瞬にして気づいた。振り返るとそこにはあの時と同じ笑顔でキラキラと輝く彼女が立っていた。

彼女を前にすると見惚れてしまう。どこから見ても美しく、輝いている。僕の目には誰よりもはっきり写り、いつまでも見つめていたいと思える存在だった。


「夢見さん…!」


彼女は僕の顔をじっくりと見て驚いたような顔をした。


「私あんたの名前教えてもらってない!」


僕の名前なんてどうでもいいと思っていた。彼女はただ他の人と同じように出会った人へ声をかけているだけだろうと考えていた。

僕は彼女と話をしないといけない気がした、ここで話をしないとこれからもずっと成長できない、彼女に近づきたい。また初めての感情だった。


「ぼ、僕…夢見さんともっと話したいんだ…!!」


大きな声を出した僕に、また驚きの顔を浮かべた彼女はすぐに笑顔を見せた。綺麗な声で高笑いする彼女はニコッと僕に笑いかけて、頷いた。それからどれくらい時間が経っただろう。空き教室に足を運んで椅子に座ったすると彼女は教卓の上に座り込み、僕を見つめて話を始めた。幸せな時間はあっという間だった。


「あはは、やば、こんなに話したの久しぶりだし、笑いすぎた〜」


彼女が笑うと僕も嬉しくて、彼女の好きなことだけを探って話していた。自分の話でこんなにも笑っている彼女を僕は見つめ続けた。

質問ばかりする僕に対して彼女は真剣に考え込み、その質問を僕にも聞いてくれた。

ふと時計を見るととっくに最終下校時間を過ぎてしまっていた


「やば、時間!」


僕の声で彼女も気づき二人で荷物を取りに教室に向かった。もう教室が空いていないかもしれない、そう思いながら彼女の教室へと足を運んだ。

教室はどこもまだ空いていて、僕も彼女も荷物を持って門へ向かった。

その途中で警備員の人と出会ってしまった、気づけば僕は彼女と走って逃げてしまった、咄嗟のことで自然と彼女の手を引いていた。そんな度胸はないはずなのに…

何をやっているんだろう。逃げたら不審者だって思われるかもしれない、事情を説明すれば普通に帰して貰えたかもしれない、色々な感情が入り混じる中、彼女の方から手を引き、一つの教室に入った。


「ここの教室の教卓の下入って!」


彼女に言われた通り急いで教卓の下に潜った。

すぐ後に彼女も教卓の下に入ってきた。大きな教卓だったとはいえこの距離はまず

い…心臓がドクドクと音を立てる。彼女にドキドキしているのか、走ったせいなのか、僕は目を瞑って彼女を視界から消した。今彼女を見続けてしまったら、心臓の音が聞こえてしまうかもしれない、そんなのダメだ…

ガラガラッと音をたて、隣の教室のドアが開く。警備員は声を出しながら僕らを探し回っているようだった。


「大丈夫、この教室には入ってこない……」


そう彼女は口にした。ここがなんの教室なのか、僕は理解していなかった。暗かったし、教卓に入ることしか眼中になかった。

だが、彼女の言った通り、警備員の人はこの教室に入らず、歩き去っていった。

彼女は、ね?言ったでしょ?と言わんばかりの顔をして僕にニコッと笑いかけた。

よく見てみるとこの教室は使われていない倉庫のような場所だった。人体模型がそのまま置いてあったり、壊れかけの椅子や机、黒板も汚れていた。

僕がほっとした表情を見せると彼女はまたニコニコと笑って荷物を持った、その背中に僕は吸い込まれるようについていくしかなかった。

その後二人で学校を出て、僕は彼女を家まで送った。

帰り際に、今日は楽しかった。また会いに行くねと言われ、僕の心にあった曖昧な気持ちは安藤先生に言われた通り“好き”という確信の言葉に変わった。


次の日も、その次の日も、僕は学校で彼女を見つけるたびに鼓動が高鳴った。人生で一番彼女のことを考えていると思った。彼女に会うために学校に来ようと思えたし、彼女と同じ部活に入ろうと思った。それが、どんなに自分の苦手な部活だったとしても喜んで一緒に入りたいと思った。わからないなら彼女に教えて貰えばいい、会う口実にもなるのではないか…?

彼女に振り向いてもらえるために家に帰ったら彼女の好きなアニメを見て、彼女の好きな俳優を調べ、彼女の好きなバドミントンも得意じゃないけれど親に買ってもらい、久しぶりに兄と練習をした。兄は僕がどうしてやり始めたか聞かなかった。

自分のいじめられていた過去を知っているのは家族で兄だけだ。中学生の時、何も話せなかった僕に兄は何か言うわけでもなくただずっと背中を撫でてそばにいてくれた。好きな人ができた時も兄にしか話さず、母には学校が楽しいと偽って、学校に

行くと嘘をついてカフェでサボったこともあった、それでも兄は僕に協力してくれて、行きたくないなら行かなくていい。自分が働くから学費の心配はしなくていい。学校への連絡も自分がすると言って庇ってくれた。

そんな兄と久しぶりに兄弟っぽいことをした。小学生ぶりだ。

僕が母に何も言わないのは、母にとって僕は優秀な兄と重ねる存在だからだ。

母のために兄のようになれるように僕は学校へ行かなくても勉強だけはしてきた、兄に並べるように優秀になれるように……それでも兄には届かなかった。何をしても完璧な兄にはスポーツも勉強も人間関係も、、人生何もかもだ。それでも僕に優しく、母よりも僕のことをしっかりと考えてくれる兄を嫌ったことなんてなかった。

彼女のおかげでまた兄と何かやることができた。僕は大きくなったら兄に恩返しがしたかった、兄もなんだか久しぶりに小さい頃のように一緒に遊んでいる姿は嬉しそうだと感じてしまった。

気づけば何時間もやっていた、兄はそろそろ終わりにしようと言って片付けを始めた。片付けの最中に兄はふとこっちを見てニコッと笑った。


「な…なに?」


「楽しそうだな、頑張って」


そう言って兄は片付けを再開した。僕は何も言っていないし、少しもそんなそぶりを見せているつもりはなかった。だけど、兄は完全に僕に好きな人ができたことをわかっていたのだった。


何もかも気づく兄。他の人から見たら僕には感情が全くなく、話していてもつまらないように感じると思う、でも兄は僕の変化に敏感で、昔からずっと何かあったら全部見抜かれてきた。兄に隠し事はできないと改めて実感したようだった。

兄には気づいてもらえる…自分のことをしっかり見ていてくれている、それだけで嬉しかった。


「…ありがとう」


僕は心の中で留めて置けなくなり恥ずかしながらボソッと声を出した。片付けをしながら兄の顔は少し微笑んでいるように感じた。


朝起きるといつもよりもワクワクしているように感じた、学校の準備をしている自分の顔が鏡に映った。口元が緩み、顔色も明るく、嫌いだった学校に行くのも好きになってきている気がした。こんな自分の顔は初めて見た…僕はこんな顔ができることに驚いた。そして、一番の楽しみは彼女と同じ部活に入ったことだった。男子と女子という分け方はされてしまうが、男子バドミントン部に入部した。

部活に入部すると、彼女の部活姿に見惚れないようにバドミントンをうまくなることだけに集中した。


「夢見さんうまいね〜」


先生や先輩からの声を聞いて彼女はやっぱりなんでもできるんだなと確信した。

僕も彼女みたいに……どうやったらうまくなれるだろうか


「あれ、恵吾くんじゃん!!」


この声は聞き覚えがあった。振り返るとそこにいたのは凛堂くんだった。


「凛堂くん…!」


彼は目を開いて嬉しそうに近づいてきた。僕も知っている人がいて少し不安な気持ちが和らいだのでとてもよかった。彼は元から運動が得意で有名だったのでバドミントンをやっているところを見せてもらうことにした。

少し見るだけですぐにわかった。本当に運動が得意なんだ、僕は彼に教えて貰えば彼女のようにうまくなれるのではないかと考えるようになった。

家に帰ったら兄と練習をして、時間があるときは凛堂くんと練習をすることにした。

もちろん彼女には秘密で。コツコツを成長をする僕に先生や先輩も少しづつだが注目をしてくれるようになった。短い期間でどれだけ聖緒できるかわからないけれど、彼女と試合ができるくらいになれるまで毎日僕は練習し続けると決めたのだった。


これが、僕の気持ちだ。

彼女に近づくために、彼女のそばにいられるように、少しでも笑顔にしたい

そんな気持ちは初めてだ。

彼女に出会ってから初めてなことばかりで困ってしまう…


でもこれは、、困惑しているのに楽しいと感じてしまうのはなぜだろう。


彼女という存在はそれほどのものなのだろう


『夢見明輝』彼女の名前のように僕は長い夢の中にいるようだった。

もしかしたら彼女は夢なのではないか、そう考える毎日が過ぎていった。

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