『 〜a p i r o〜 』   作:Kairos

Kaede__622

第一章 一 僕の人生

僕は今、目の当たりにしている。

何が間違っていたのか、どこで道を間違えたのか。今の僕には理解もできない。でももし選択肢が変えられるとするならば…。


    この結果を知っている僕はきっと違う道を選んでいたと思う。




今日から僕はこの学校で、新しい場所で人生を歩む。高校三年間を、「アオハル」を過ごすんだ

僕の名前は悠木恵吾(ゆうきけいご)中学のころはモテようとサッカー部に入り、好きな女の子が楽器のできる人が好きという情報を手に入れてギターを初めてみた。

結果はもちろんいうまでもなく…音楽の才能はないわ、運動もできないわでこっちを向いてもらうというレベルではなかった。

その僕が高校からまた新しいことに挑戦しようと思い、今度は部活動の体験にたくさんいくと決意した。

まずはクラスに馴染まなければと考えた僕は教室までの道のりを一歩一歩歩んで行った。


ガラガラッと音を立てたドアは僕を新しい世界へ連れ出してくれそうな気がした……


が、そんな気がしただけだった。

結局僕は初日に誰とも話せず、自己紹介でも噛みまくり、恥をさらして家に帰ることになった。


「はぁ…部活動体験は明後日…それまでに友達を作らないと……。」


そう呟きながら下を向き廊下を歩いていると。


「なになに!部活希望者〜?」


と陽気に声をかけてくる女性がいた。

今までの人生で女性なんてものは関わってきたことがほとんどない、深く関わったのなんか小学校の授業で無理やり女子とペアになって二人三脚をやらされた時くらいだ。あの時は本当に最悪だった、僕のことを一番嫌ってる女の子で、初めの方は泣くほど嫌がられた。

それにあの女は……


ってなんの話をしてるんだ。それよりも目の前の女性と話すビッグチャンスを蔑ろにするな、チャンスは掴むためにあるんだろ!勇気を出して会話を続けるんだ…!


「あ、あ、そうです…!!あ、あの、どこか部活入ってるんですか……?」


戸惑ってしまった。話し方がぎこちない、しっかりと伝わっただろうか、僕は…僕の言葉は……


「うん?私一年だよ〜!明後日の部活動体験行こうと思って!」


一年か…はぁ…無駄に緊張した…。同い年だと考えると少しだけ気が楽な気がした。少しリラックスをして話すことができた。

僕が色々質問するのを彼女はとても笑顔で返事をしてくれた。嫌な顔ひとつせずに僕の話をしっかりと聞いてくれる女性に初めて出会った。

小さい頃から臆病だった僕は、言葉を発する時に吃ってしまう癖があった。そのせいで周りからは会話が下手くそ、日本人じゃない、話し方気持ち悪い、そうやっていじめられてきた。

僕は気にしていない顔でいつも「あはは」と言って誤魔化してきた人生だった。そうやって自分を偽って生きてきたから、誰かに無視されても、友達ができなくても楽しかった。それでよかった…。そうしていれば自然と悪いことも嫌なことも何も寄ってこない。そうやって自分なりの生き方を見つけて隠れてひっそりと生きてきた。


でも彼女は、彼女だけは僕をキラキラと光る、希望ある瞳で見つめてくれた。咄嗟に聞いてしまった。


「あ、あのさ…名前は…!?き、君の名前!教えてくれないかな…?」


少し大きな声を出しすぎたのか彼女は驚いた顔で僕にこう言った。


「私?私は夢見明輝(ゆめみあき)明るいに輝くで明輝!」


ぴったりだと思った。彼女は僕の出会ってきた人生の中で一番輝いていて、明るく綺麗な太陽のようだった。きっと中学でも僕みたいな人にも優しく接して恵まれた環境で過ごしてきたんだろうな……

彼女の声と彼女の瞳に僕は吸い込まれそうだった。彼女のことで頭がいっぱいになって、こんなことは人生で初めてだった。


「じゃ!またいつかね」


気付けば彼女は僕の前からいなくなっていた。名前だけしか聞けなかったなと後悔したけれど、またいつか……会えるだろうか?

いや、会いたい。同じ学校にいるんだ…!会えるに決まってる!明後日の部活動体験できっと!そう思って僕はまた、いつもと変わらない時間を過ごした。

翌日、朝から大遅刻をかましてしまって僕はいつもと少し違う道で学校に向かった。その道は母に近道だと言われた道だったのだが……

本当に道なのだろうかというくらい険しくて、余計に時間がかかってしまうのではないか。そんなことを考えながら体力が尽きるまで走り続けた。


チャイムがなる一分前、僕は教室に駆け込み息を切らした。


「はぁ…はぁ…はぁ……」


勢いよく入ってきた僕にみんな視線を集める。僕の心臓はその恥ずかしさもあってかいつもより何倍も激しく動いているような気がした。


キーンコーンカーンコーン


チャイムがなった音で僕は正気に戻った。早く座らなくては、そう思い急いで自分の席に座った。


「おはよ、めっちゃギリギリ、よく間に合ったな!」


そう話しかけてきたのは僕の隣の席に座る凛堂千草(りんどう ちぐさ)くんだった。初日は他の男の子たちと話していたせいで全く話しかけられなかったけれど、一日みていた限りはとてもいい子なのだろうと思っていた。

こっちをみている。何か言ったほうがいいのだろうか、でも無理に何かを言うと茶化されてしまうかもしれない…慎重に……


「お、おはよう…あ…あぁ、えっと…うん」


まただ。どうして僕はしっかり話せないんだ、自分が嫌になる。もう凛堂くんの顔なんて見れたものじゃない…どうすれば…!


「あはは、緊張してる?気使わないで、気楽に話そ、俺ら同クラなんだしさ〜」


彼の人柄の良さに衝撃を受けた。小学校や中学校の頃は会話が下手なだけでグループの輪にも入れてもらえなかったのに、彼は僕としっかり向き合って話そうとしてくれる。しっかり僕のことを見て友達になろうとしてくれている。


「あ…あのさ!友達になってくれない……?」


彼の目を見て僕は咄嗟に思い浮かんだ言葉を口に出してしまった。言葉を交わすのが下手くそな僕は僕なりに最大限伝わる言葉で表したつもりだった。彼の返答がない。逃げ出したい気持ちを抑えると誰の声も聞こえなくなる。先生の話が入ってこない、なにを話しているのかどんな内容なのか…自分では聞かなければいけないとわかっているのに頭が拒否をする。


「悠木!大丈夫か、おい!」


気がつくと僕の前まで先生が来ていた。


「あ……あぁ…ごめんなさい……」


気づかないうちに過呼吸になっていたようだった。先生に言われ保健室に足を向かわせた。頭の中で言葉がぐちゃぐちゃになっているような気がした。

自分以外の人と会話をすると、伝えたい言葉がたくさん出てきて頭の中で喧嘩をする、本当に伝えたいことがなんなのか、なにが正解でなにが間違っているのか、どうしたら怒られないか相手を不快にさせないか。そう考えているうちに僕の周りから人はいなくなっていく。気がついた時には、僕はいつも暗闇の中に1人取り残されている。


ガラガラと音を立てる保健室の扉も、僕にとっては重たく感じる。扉の開く音、みんなのはしゃぐ声、先生の話声、廊下を歩く足音や学校の窓が開く音、校庭で授業をする声、僕にとっては全部心の奥深くを強く刺激する。外面では出ていなくても、擦り切れていく内面の音が頭まで響く。


「悠木くん!大丈夫?」


気付かぬうちに保健室の中まで入っていた僕に保健の安藤先生が声をかけてきた。まだ二日しか経っていないこの学校生活で僕は居場所を見つけたと思った。

初めて会ったのに、初めてじゃないような安心感を感じるような先生だった。


「安藤先生……?」


僕の声は小さく、今にも消えてしまいそうだった。そんな僕をゆっくりと座らせ何も言わずに温かいお茶を出してくれた。

そのお茶をごくごくと飲んでいくと、なんだか心の中に暖かく溜まっていく気がした。ふぅ…と声が出てしまった僕の顔を見て安藤

先生は安心したように微笑んだ


「なんで僕の名前……」


疑問に思ったことをこんなにもあっさり聞けたことは初めてだった。


「入学式の時から悠木くんのこと気にかけていたのよ」


そう言われてなんだか救われた気がしてならなかった。みんなが個性を出す学校で、自分は一人取り残されていると感じる人生だった。小学生の頃はそんなことがなかったのに、もっと活発でみんなと話して、喧嘩もして、そんな話を初めて会った人に話した。先生は何も言わずに、うんうんと頷いて真剣に聞いていた。


キーンコーンカーンコ―ン


僕はチャイムの音にびっくりして話をやめた。


「あ…ごめんなさい、こんなに話して……」


「どうして謝るの?私はどれだけでも聞いていられるわ」


それから僕は安藤先生の元に通うようになった。少し教室にいにくいと感じた時、心に余裕のない時、誰かに話したいことがある

時。安藤先生は些細なことでもいいからいつでも来ていいと言ってくれた。それが、僕の心の自由ができる時間だった。

高校生活に入ってからも中学と同じようにクラスにいにくいと感じてしまうことが増えていってしまい、不安な気持ちを抱える僕にも安藤先生はしっかりと向き合ってくれた。一週間に三、四回も行き来する保健室を僕は家のように落ち着ける場所だと思った。


ある日安藤先生に学校生活で一番楽しいことを聞かれた。

僕にとって今の学校では楽しいことなんて一つもなかった、でもある日の彼女のことを思い出したのだった。


「綺麗な瞳をした女性がいるんです。彼女、僕にも優しくしてくれるんですよ?」


それを聞いた先生はニコニコと僕に好きなのかしらと呟いた。

そんな気持ちだと思っていなかった僕は顔を真っ赤にして先生に背を向けて自分に問いかけた。


(僕は…彼女のことが好きなのか……?)


心臓は答えるように心拍数を上げた。

振り返って先生を見つめると確信した、僕は一目惚れをしているんだ。

初めてだった。一目惚れ、僕には無縁だと思っていた。

女の人が嫌いなのにわざわざ恋をする意味がわからない、したくもないし興味もない、一生恋なんてしなくていいと考えていたはずなのに……


恋……恋って…こんなに苦しいものなんだ…

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