第7話
「あらあ、いややわあ。初男さん、まだ持ってたんやね、お恥ずかしい。これ全部ラブレターなんですよ。こんなのをまだ持っていたなんて、奥さんに怒られんかったかしら」
俊恵は手紙を懐かしそうに手に取って眺めていた。高校時代というと、今から六十年ほども昔の話になる。そんな時期にこれほどのラブレターを出したとなると、相当義父に惚れ込んでいたに違いない。
「中身は読みました?」
「いえ、失礼になるかと思って」
「ああ、よかった」
俊恵は手紙の束を胸に抱いた。
「こんなに手紙を書いたのに、結局初男さんには一度も振り向いてもらえなくて。奥さんがほんとに羨ましいわあ。奥さんのどんなところに惚れたのか、一度聞いてみたかった。これはもうこちらで処分してもええですね?」
花梨もその方がいいだろうと頷いた。
「どうもありがとね。ところでお話しすることって確か、お孫さんのことやったね」
「ほうなんです。失礼ですけど、うちの義父から、慎二――私の息子のことなんですけど、そのう……お金、のことについてなんか聞いてませんか?」
「お子さんは、いまおいくつ?」
「今高二で、そろそろ大学考えてるんですけど。先日、本人から大学は京都がいいって言われて、ほとほと困ってしもうて」
「あらそう、大変やねえ。残念やけど、初男さんからそういう話は聞いたことはなくてねえ……十年ほど前、高校の同窓会で康男さんと会ったんですよ。そのときに初男さんのお孫さん――慎二くん、でしたっけ? その子のお話もよく聞きましたよ。それはそれは、自慢のご親戚みたいで、嬉しそうに話しなさって。わたしも子どものことでいろいろあったものですから、康男さんにも相談してもらえて助かりました。壮年になられても、相変わらず素敵な方でしたねえ、ほんと」
俊恵はカップを大事そうに両手で抱えながら話を続けた。
「わたしのこともよく覚えててくれたんですよ。『かるたに縁のあるお名前だから、よく覚えてた』って。それだけでもう、年のくせに天にも昇る気持ちになってしまってね。……ああ、話がずれてしまってごめんなさい。この年になると、どうしてもいろんなことを話してしまうもので。康男さんやなくて、初男さんのお孫さんのことやったね。かるたのことは喋りましたが、お金のことについては何も知らないですねえ」
俊恵はカップに手を添えて口に運んだ。
「お役に立てなくて、ごめんなさいね」
お金のことは予想通りの反応だった。それほど気落ちはしない。
「あ、お気になさらず……子どものことを良いように話してくださったのは嬉しいですけど、定家さんこそ、素敵な方やと思いますよ」
「あらあ、ありがとう」
俊恵は再びふふっと笑った。
「ご家族の方はどうされてるんですか?」
「主人は数年前に亡くしているんですよ。でも今は息子と孫のために生きているのが楽しくて。庭仕事も、息子夫婦が喜んでくれるといいなって張り切っちゃって」
「まあ……」
花梨は手入れされた庭を見て納得した。多種多様な宿根草とバラで美しく彩りを与えられた庭の風景は、毎日の細やかな世話がないとここまで作り上げることはできない。その庭は植物と子どもへの愛情に満ち溢れていた。
「こんなお庭を見られたら、息子さんもさぞや嬉しいでしょうね。――息子さん夫婦とは同居されてるんですか?」
「息子夫婦は今仕事でフィンランドにいますよ。かれこれ十五年くらい会ってなくって」
十五年という数字が聞き間違えかと思い、え、と花梨は声を出した。素直に驚きの表情を見せる花梨ににっこりと笑いかけ、俊恵は話し続けた。
「大学を卒業してしばらくは普通の仕事してたんですけど、急に仕事を辞めて、フィンランドに行ってそれっきり。今は向こうでコンサルティングの会社をしてるんですって。あっちで結婚しちゃって、孫にも全然会えなくてね。でもそれでもいいんですよ。あの子たちが選んだ道だから。地球のどこかで頑張っているって、そう思うだけで幸せです」
「でも十五年も会えないなんて……寂しいとは思われないんですか?」
「もちろん寂しいですよ。でも好きなことをしているみたいだから、それが一番やないですか? 近くにいてもらっても、つまらないことをしているだけなんて可哀そうでしょう。子どもには思いっきり羽ばたいていってほしい。近くか遠くかなんて、親が決めることやないんやと思ってます」
「…………」
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