第4話
「お父さんは気にならんのか、お金のこと。私は気になって、本当に気になって仕方がないわ。私立なんてうちの家計ではとても無理やろう。どっかにお金が降って沸いてこんやろか」
花梨は体温計を脇から取る。降るのか沸くのか話の内容はおかしかったが、体温はいたって正常だった。
「夕べな」と、花梨は体温計を浩司へ返した。「大学にかかる費用をざっと調べたんや。うちのお財布やと、下宿はやっぱりきついわ。でも慎二のことを思うと辞めさせるのも可哀そうやし、かといってお金もないし、どうしたらいいんかの」
ああ、と浩司は頷いた。花梨の向かい側の椅子に座って朝食のパンに噛り付く。
「俺だってそりゃあ少しは考えてるでえ、お金のこと」
「ほうけ」
「おうよ。ほんでな、昨日の飲み会で気になることを耳にしたんや」
浩司はパンを飲み込んで話を続けた。
「お祖父ちゃん、足羽会のことがあるから金がねえ、金がねえってよく言ってたやろ。あれ、どうも違うらしいで」
「違うって、なんやの?」
花梨の頭が覚醒して浩司の顔に焦点を合わせた。
「昨日、足羽会の人も一緒やったんやけどな。その人が言ってたんや。お祖父ちゃん、足羽会の練習場の修繕費を出したりとか、学生さんたちの遠征費のお金を立て替えたりして金がのうなったやろ。それな、後で足羽会の会費で全額返してもらったらしいで」
「え、ほうなんか」
「でな、ふと思い出したんや。お祖父ちゃん、勤続年数のわりに貯金がなかったやろ。でも足羽会からお金は戻ってる――なんかおかしいと思わんか」
「おかしいって……」
「お祖父ちゃん、どっかにお金を隠してないやろか」
花梨は耳を疑って目を丸くした。頭の片隅に羽を生やした栄一がふわりと舞う。
「何言ってるんや、ほんなわけないやろ。お祖父ちゃんの遺産は、貯金も保険も含めて全部調べたが」
義父が亡くなったとき、花梨は義父の遺産を計算して絶句した。保険金は一つもなし、預金通帳の残高はからっぽで葬儀代も捻出できないほどだったのだ。葬式はなけなしの貯金をはたいて慎ましくなされた。あとに残されたものは八重園家の家と、義父が大切に育ててきた足羽会のみであった。
「それは知っとるけどな」浩司はパンを平らげると、次はゆで卵に塩を振って食べだした。「前におふくろが言ってたのを思い出したんや。『お祖父ちゃんが保険を勝手に解約した』って。お祖父ちゃん、保険を掛けといた時期もあったらしいんやって。ってことは、その解約金はどこへ行ったんやと思う?」
花梨は頭を捻った。
「……おかしいのう。お祖父ちゃんのお金なんてどこにもなかったが。通帳と保険証券の入っとる棚、全部調べたやろ。まだ他に残っとるんか」
「俺は知らんぞ」
「誰かにお金を貸しとるんやろか」
「まさか」
「ほやかって、お金がないのはおかしいが」
まあなあ、と浩司はゆで卵を食べきり、塩のついた指を舐めた。
「もうひとつ思い出した。お祖父ちゃんが生きとったとき、俺にこう言っていたときがあったんや。『慎二のことでなんかあったら、これを調べてみろ』って、なんか、こう、何かが書かれた白い紙きれを渡されて。今思うとな、それって、今まで貯めていたお金のことやったんかもしれんなって」
貯めていたお金! 思いもよらぬ朗報に、花梨は思わず目を見張った。今朝の夢はもしかして正夢か? 羽の生えた栄一が二枚に増える。パタパタ、パタパタと飛び交っている。もしかしたら、もしかすると、神様は私たちを見捨てていなかったのかもしれない! 花梨はずいっと浩司の方へ身を乗り出した。花梨の勢いに押されて、浩司は持っていた牛乳をこぼしそうになった。
「お父さん、その紙はどこや? 何が書いてあったんや?」
「あ? ああ、それがな……」
「うん?」
「その紙、どっかへいってしもうた」
「……はあ?」
「レシートかなんかと一緒にほってもうたみたいで、どこにもないんや。ほんとにすまんな」と、申し訳なさそうに浩司は頭を掻いた。
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