第2話
*
「ほやなあ、下宿はお金かかるでのお」
予想通りの反応に、花梨は何度目かのため息をついた。
「やっぱりほうやねぇ。両全さんとこのお兄ちゃんも、下宿をしていたもんの」
「うちは大阪やったでえ、ちょっと違うんやけど」
両全、と呼ばれた中年の女性は、弁当の煮豆を箸でつまんだ。
「大阪もお金がひっでもんにかかるで。ひと月十五万仕送りしとったさけえ」
「十五万! 下宿ってほんなにお金がいるんか」
「ほや。家賃やろ、食事代もバカんならんし、あとは電気代とか、水道代とか。お兄ちゃんはかるたサークルにも入っていたんやけどな、遠征にお金がいるって言ってやかましかったわ。パートで稼いだお金が、スルスル―っと滑り台に乗って息子んとこに逃げてく気分やで。まったく誰のために働いてるんやってなあ。やっと社会人になってくれて、清々しとるわ」
煮豆をすべて平らげると、ごちそうさま、と手を合わせて両全は弁当の箱を閉じた。店内で買った鮭弁当の中身は、魚の皮まできれいになくなっていた。
十畳ほどの狭い食堂には職員が数名ほど休憩していた。仮眠を取ったり、テレビのワイドショーをぼんやりと眺めたり、スマホのアプリで時間をつぶしたり。各々が自分の世界で疲れを癒し、気怠い空気が周囲にたゆたう。休めるときにしっかり休んでおかないと、スーパーの肉体労働は体がもたない。
「ここの鮭弁、ちょっとおかずが減ったような気がするの。おんなじ値段で前はもう一品くらいあった気するんやけど」
ぶつぶつと弁当の文句を言う両全をよそに、花梨の考えは別の方向を向いていた。月に十五万の出費はかなり厳しい。自分のパート代と今のお父さんの給料と合わせて、なんとかやっていけるだろうか。出費と収入との落差に、足元がうすら寒くなる。入学金と授業料のほかに、家具や電化製品を一通りそろえる必要もある。いったい、大学四年間でどれだけの額が必要となるのだろう……考え事に夢中になり、逆に考えすぎてごちゃごちゃと考えが絡まり、花梨のご飯を持つ箸がぴたりと止まった。
「八重園さんとこは一人やからまだいいが。うちなんて、まだ下に二人もいるでぇ、大変やわ」
両全の問いかけに花梨の思考が再び正常に動き出した。
「そういえば両全さんとこの弟さんら、今何年生なんや?」
「高校一年生と、二年生な」
おお、と花梨は思わず唸る。両全はふくよかな指でチョコ菓子の封を開けた。
「兄ちゃんの方がやっと片付くと思っても、次は弟や。年子で二人いっぺんやから、大変で仕方ないわ。高校受験でも頭痛いのに、あの子らがいつか大学へ行くと思うと気が狂いそうやでえ。下手したらパートの時間を増やさなあかんわ」
八重園さんも食べや、そう言って両全は個包装されたチョコレートを差し出した。
「子どもの気持ちも分かるんやけどのお。大学行くって言うんやったら、親としてはやっぱり地元で、できれば国公立に行ってほしいの」
「ほやのお……」
花梨はしみじみと頷いた。座っているパイプ椅子が同調するかのようにぎしりと唸った。お尻に当たる椅子のクッションと弁当のご飯が、余計に冷たく感じられる。
これはもう一度家族会議が必要ではないか、と花梨は絡まる考えをひとつの答えに導いた。子どものためになんとかしてやりたいというのが親心というものだが、悲しいかな、やはりこればかりは通帳との相談になる。慎二とお金を天秤にかけているようで自分が情けない。やりきれない思いを胃の中へ押し込むように、花梨は冷めたご飯を喉に詰め込んでいった。
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