9.偽りの幸せ

ルイスと出会ったのは、5年くらい前の話だ。


オレの父ちゃんは元海賊の船長で、ある時、飲んでいたラム酒に毒が入ってたのか、汗まみれになって、すぐに死んじまった。


父ちゃんが死ぬ前、オレに地図を渡してきたんだ。そこに書かれていたのが、ノルウェー海のど真ん中にある小さな島、"オルビッド王国"だった。


「ここに、私の一生涯探し求めてきた財宝が眠っている。エディ、お前が見つけるんだ。」


これが父ちゃんの最期の言葉だ。


オレは、正直許せなかった。


一応オレは父ちゃんの子供なのに、こんな時でも財宝にしか目を向けねぇんだなって思ったよ。


でも、純粋に父ちゃんの夢が何なのか知りたかったオレは、船長を引き継いで海賊と共にその島へ向かった。


予想よりもずっとちっこい島で、森に囲まれた先に、でっけぇ城が建っていた。街の人々は笑顔でいっぱい。美味しそうな匂いもするし、色とりどりに飾り付けがされている。あちらこちらで楽器の演奏も聞こえてくる。


確かに、ここならまだ見ぬ財宝が眠っていてもおかしくないよな…。


今日はたまたま、国王主催のクリスマスパーティが行われるらしい。そりゃ賑やかなわけだとも思った。オレたちにとっては都合が良かった。


オレたちは変装して、街中に溶け込みながら、財宝のある場所へ向かう作戦を実行した。


オレと数人の手下は市場の方へ行き、何かしらものを買うついでに、この王国の秘密を探ってった。


オレはとある男性と話していると、後ろが妙に騒がしくなる。


流石にうるせぇと思って振り返ると、人が大量に集まっていた。何かを囲んでいるようだった。


オレは近づいてみた。


「…ッ!」


オレはその人を見た瞬間、映る世界が変わった。


"ルイス王子"


その人のことを人々はこう呼んでいた。


「メリークリスマス!」


王子はオレに向かって笑顔で言った。


目の色はエメラルドグリーンの宝石のような。青い月のような。黒髪で肌は白い。何もかもが、オレとは程遠い存在だった。


オレはどうなっちまったのか、全くわからない。王子が帰るところをオレは、こっそりついて行った。



ついには城の中の、王子の部屋近くまでついてきてしまった。バレる前に抜け出さなきゃなと思っても、目が離せねぇ。


部屋に入る前に、王子と目が合ってしまった。王子はビックリした顔でオレを見る。


オレは謝って城を出ようとするが、後ろから


「待って!」と声をかけられる。


振り返ると、王子は言葉を続ける。


「君、この国の者じゃないよね?」


オレは恐れながらも頷く。王子は目を輝かせた。


「わぁ…!歓迎するよ。是非この王国の紹介をさせてくれ!パーティの後、ちょっと時間あるかな?」


オレは考えることなく「はい!」と返事をした。そして、一旦別れた。


今日出会った、しかも王子と夜二人きりって普通に考えたらやべぇよな。と冷静になって考える。



パーティが終わって、人気のない森の中でオレたちはまた会った。今夜は満月だ。


パーティが終わると、人々は家に戻り、家族でクリスマスを過ごすのがこの国の文化らしい。


オレたちは、城の外や街中を歩く。王子は指を差しながら、この王国の歴史や文化をたくさん教えてくれて、オレは一生懸命聞いた。


「ここは、外ではあまり知られていなくて、王国の決まりで僕たちも外に出ることが出来ないんだ。"幻の国"だって呼ばれてたりする。だから、観光客が来るなんて、僕びっくりしちゃったな〜!どうやって、ここを知ったの?」


動揺した。正直に言ったら何されるか分からない。オレは、海賊だということを隠した。


「えっと…。オレ、船乗りで。たまたま降りたのが、ここだったんだ。」


船乗りという言葉に、王子はまた目を輝かせる。


「すごいな〜!外の世界をたくさん知っているんだよね!僕、聞きたいな!」


王子の思ってるよりも、ひでぇ残酷な世界を見てきたが、オレは興味を持ってくれたことが嬉しくて、楽しかった旅の思い出だけを話した。


王子はキラキラした目でオレの話を聞いていた。本当に外の世界を知らねぇんだなって思った。


人と話すのってこんなに楽しかったっけな。今まで感じたことねぇ気持ちだ。


この時間はあっという間に流れていった。


「今日は、ありがとう。また旅のお話、聞かせてくれる?」


オレは、また会いに来ていいんだって思った。


「…もちろん!なぁ、良かったらなんだけど、今度一緒に……。」


つい嬉しくて、誘おうとした瞬間。警報がなった。


オレたちは走って城の方へ向かう。


王国全体が燃え始めていた。


一体何が!と思ったが、辺りを見渡して、オレはすぐに察した。"奴ら"がやったんだ、と。


王子は家族の心配をして、城の中に入っていった。ついていったが、城の中にいた王族らは全員手遅れだった。


「そん……な。」


王子はさっき目を輝かせてたとは思えない表情をして、死体を見つめていた。


王族らの死因は焼死じゃねぇ。身体の至る所に刺し傷や撃たれた跡があった。


これも全部…。


外から「船長〜!」と呼ぶ声が聞こえて、オレは急いでバルコニーから下を眺める。


手下の奴らがオレに向かって声をかけてきた。


「エディ船長〜!命令通り乗っ取りましたぜぃ?」


「安心してくだせぇ!財宝は城の地下にあるんで、燃えやしてませんぜ!」


オレは吐き気がした。全部あんたらの仕業だろうが。浮かれてた隙にこれだ。都合よく船長って言いやがってよぉ。奴らがオレを憎んでようがいないようがどうでもいい。それよりも、そんだけのために一つの国を滅ぼしたことが何より許せなかった。


「……あんたらッ……!!」


「君が、…命じたの?」


後ろから、王子の震えた声が聞こえた。オレは黙っていた。


「僕の……家族を。街のみんなを殺すために、僕を利用したの?」


違う。そう言えば良かったのに、オレはなんでか強がってしまった。この嘘が、これからも引っ付いてくることも知らずに。


「…騙されるのが悪いんだ!惨めだなぁ?ルイス王子。」


ルイスは国王の腰にある剣を抜き取り、涙を浮かべながらオレに刃を向けた。


下からまた声をかけられる。


「エディ船長、殺しちゃってください!」


「貴族はそいつだけだぜぇ?」


オレはそこまでやる勇気はなかった。すると、ルイスは走りながらオレを切ろうとしてきた。


「貴様ぁあぁあ!!!!」


オレの目の前に来る。





パーンッ





ルイスは倒れた。


オレは切られる前に咄嗟に銃を向け、ルイスの頭を撃った。


手が震えて銃を落とす。


下から手下が喜びで騒ぎ立てる。


ルイスは、死んだ。


ルイスを、殺した。


オレは、オレは……。






数日後、海賊船に乗って死体をどんどん海に落としていった。


最後にオレは、ルイスを落とそうとする。


震えて、手放すことが出来ない。


すると、後ろから誰かに押されてルイスと一緒に海に落ちた。


オレはもうこのまま沈んでもいいと思っていた。



気がつくと、オレはルイスを手放すことなく、無人島へ流れ着いた。


オレは三日ほど何も食べずに、空や海を眺めては、ただルイスを見つめていた。


体が微かに動いた気がして、じっと見つめる。気のせいかと目を逸らす。そんな時間を繰り返して。


ある時、オレは薪を集めに行って帰ってくると、ルイスは立っていた。


幻覚か?と疑ったが、ルイスはフラッと倒れかけるのを見て、オレは急いで支えに行った。


触れた。ルイスは生きている。生きていたんだ。


ルイスの目でオレは何となく分かった。"あの日の出来事"をルイスは覚えていない、とな。


そんでオレは、初めて出会ったかのように演じた。


いや、これがオレたちの最初の出会いだって言い聞かせたかった。


"あの日の出来事"は無かったことにして。


オレは、諦めたくなかった。人を"好き"になる感情を初めて教えてくれたんだ。


オレがルイスを好きでいる気持ちは変わらない。ルイスもオレを好きになってほしい。


オレは海賊だった過去を捨て、生まれ変わったつもりで生きた。


ルイスが記憶を取り戻した時、オレは死ぬ。それまでは、この感情を大切にしたかったんだ。




「はは、んなことしたって、意味ねぇことくらい分かってたはずなのによぉ。…ルイスの未来にオレがいないなんて、考えたくなかった……。」


エディはルイスに対しての気持ちがどんどん漏れる。


「船乗りの時は、オレとずっと二人で。ルイスの瞳にオレだけが映ってる。それがたまらねぇくらい嬉しかった。ルイスにはオレがいなきゃダメで、ルイスの隣にいてやれるのはオレだけ。オレの存在がルイスの幸せであってほしいってずっと願ってた。一生…オレだけを見ててほしい…!」


オリビアはエディの話を静かに聞いていた。エディは一旦冷静になり、オリビアに話しかける。


「…悪りぃな。あんたとも旅したのに…。」


「別に気にしてないよ。」


オリビアは淡々と答える。少し寂しそうな顔をしていた。


「はぁ。そうなんだね。」


独り言のように言う。


「私は二人のこと、今でも友達だって思ってるよ。」


「…あんた。」


エディはさっきの自分の発言でオリビアを傷つけてしまった気がして、なんて返せばいいか分からなくなる。


オリビアはだんだんイラついてくる。


「もう…元がこんなんなら、最初から明るいキャラにしなければよかったのに!調子狂う!」


「悪りぃ…。」


エディの顔を見て、オリビアはさらにイラつき、エディへの怒りをぶちまける。


「〜〜気持ち悪い!もう気にしてないって言ってるでしょ!どうせ貴方の中にはルイスしかいないし!貴方が私を"邪魔扱い"したとしても、私は貴方たちと旅して楽しかったんだから!さっきだって、弱いくせに、素直に自分じゃないって言えばよかったのに、海賊っぽく気取っちゃってさ!それも、ルイスのためだって言うんでしょ!」


エディはどんどん出てくるオリビアの言葉につい吹き出してしまう。


「今笑うとこ?意味分からない!」


エディの笑ってる顔を見て、少し落ち着く。


「……。はぁ。貴方、これからどうするの?このままだと、死ぬよ?」


「いいんだ。」


エディは清々しい顔で言った。


オリビアはついに壊れたかと心配になる。


「はは、結構前から、覚悟は決まってたんだ。つーか、オレは生きちゃあいけない人間なんだよ。ルイスを殺そうとしたしな。」


「でも、それは…!」


「オレは、海賊に生まれた。この時点で運命は決まっていたんだ。別に構わないさ。もう十分生きた。オレはサンタから、ルイスとの時間をくれた。ルイスと友達になれただけで、オレは幸せだ。」


エディは今までにない微笑みを浮かべた。


「今までのことは、皆には話さないの?」


「ああ。ちゃんと罪を償たい。」


エディの気持ちは変わらず、オリビアは止めることを諦める。


「…あっそ。やっぱりバカだね。」


「楽しかったよ。ありがとう。」


オリビアはエディのほっぺを引っ張る。


「だーかーら、その顔はやめてよね!ホント気味悪い!」


「ビアちゃんおっかねぇ…!」


オリビアはエディとお別れし、地下牢から出ていく。


階段を登ると、海賊らしき二人の影が見える。


「誰?」とオリビアは声をかける。


「悪い。盗み聞きするつもりはなかったんだが…。」


「嬢ちゃん。協力を頼みたいんだ。いいか?」


オリビアは海賊二人について行く。



ルイスは、バルコニーで月を見ようとするが雨で全く見えない。


「お父様、お母様…。」


ルイスの後ろで物音がする。


「誰だ!!」


目線の下に、ルナがいた。


ルナは尻尾を振りながら舌を出して、ルイスに駆け寄った。


「ルナ…。」


ルナを持ち上げて、おでこにくっつける。


エディのことをどうしても思い出してしまう。


ルイスはため息をついた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る