塗傷
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第1話 さよならとひまわり
放課後のひとけが少なくなった教室でいつもクラスの中心にいる元気な男子たちが私を壁際で取り囲みながら、罵声を浴びさせてくる。
主犯の男子が自分の上履きを手に持った。私は投げられると確信して、身を竦めた。
その時、一人のかわいらしい女子が割って入ってきて、私の前に立った。
上履きを投げようとした男子はすかさず投げるのをやめようとしたが、既に手遅れだった。
上履きが私の前に立った女子のお腹に当たった。彼女はお腹を押さえて、うずくまりながら私の方を見て言った。
「大丈夫?」
私は彼女の方が痛そうで大変な状態なのに、なぜ体に傷一つない私を心配しているのか不思議に思った。
上履きを投げた男子が泣きそうな顔でうずくまる彼女に声をかける。
「ごめん、こんなつもりじゃなかったんだ」
その言葉に彼女はすぐに反応する。
「最低」
と言われてしまった男子は肩を落としていた。どうやら、彼女のことが好きだったみたいだ。そして、彼女は私の方を振り返り、
「一緒に帰ろう!」
と、ひまわりのような愛くるしい笑顔を咲かせながら私に言った。
私が彼女と会話したのはこの日がはじめてだった。
その後、男子たちは先生によって職員室に連行されていった。実は彼女は先生と一緒に廊下を歩いている途中で、私を見つけて、走って助けに来てくれたらしい。
外に出ると、校庭の桜が葉桜になり始めていた。私はかわいらしさとどこか力強さを持った若葉が芽吹く姿を見て、桜の終わりといじめの終わりが近づいていることを重ねて捉え、生きていて初めて桜が散ることを嬉しいと感じた。
「そういえば、あなたの名前は?」
彼女は今までの出来事があたかもなかったかのように私の名前を尋ねてきた。
「私は清水彩。あなたは高橋美月ちゃんだよね?」
と、か細い声で言った。
「そうそう、彩ちゃんは私の名前知ってるんだ。なんか嬉しいな」
私は知ってるも何もこの学校で高橋美月を知らない人を探す方が難しいと思った。なぜなら、彼女は才色兼備で、私たちの学年の中心的存在だ。また、全校集会の表彰の時間では、必ずと言ってよいほどピアノのコンクールで優秀な成績を収めて、表彰されている。そんな容姿が良くて、音楽もできる美月ちゃんに多くの男子が恋心を抱いていた。
「美月ちゃんは有名人だからね」
私は心の中で思っていたことを改めて言葉にして伝えた。
「え、そんなことないよ。でも、いつかは誰もが知っている有名人になりたいな」
「美月ちゃんならなれるよ!色んな人から愛される素敵な有名人に!」
「ありがとう」
美月ちゃんは笑顔で私に言った。私は初めて会ったときも薄々感じていたが、直感的にやはりこの笑顔はこれまでも、そしてこれからも多くの男子を虜にするのだろうと思った。
「てか、なんで彩ちゃんと私は六年間で一回も一緒のクラスになれなかったんだろうね。一回でも一緒になれたら、その時から仲良くなれた気がする」
「なんでそう思うの?」
私は美月ちゃんと自分は正反対過ぎて、正直仲良くしてもらえる未来が見えずに、素直な疑問を持った。
「んー、なんでだろ?何かはわからないけど、私たちって何か同じものを持っている気がするんだよね」
「そっか、私にはさっぱりわからないや」
「まぁ、いつかわかるときが来るでしょう!それよりも、意外と私たちみたいに六年間で一緒にならない同級生っていたりするじゃん。先生たちってどんな風にクラス決めしてるのかな?」
「わからないけど、六年間あったら同級生全員と一度は同じクラスになりたいかもね」
「だよね、やっぱり彩ちゃんもそう思うよね!」
「うん、でも私の場合は全員と知り合いになりたい訳じゃなくて、美月ちゃんともっと早く出会えたら良かったのにって思っただけ」
私は自分にしては珍しく素直に思ったことをよく話す日だなと思った。いじめを止めてくれた美月ちゃんに対する今の自分ができる最大限のことだと思っているのかもしれない。
「彩ちゃんも同じこと思ってくれてたの嬉しい!やっぱり私たち気が合うかもね」
それから少し歩くと、分かれ道に着いた。
「彩ちゃんはどっちの道?」
「私は右かな」
「そっか、私は左だからここでお別れだね。また、明日も話そう!」
そう言って、美月ちゃんは私に手を振った。私も手を振り返した。
一人になった私は家に近づくにつれて足取りが重くなることを感じながら、家に帰った。
「今日は何も起きませんように」
と、独り言を呟いた。
帰宅すると、お母さんが夕食の準備をしていた。夕食の準備といっても勤め先のスーパーのお惣菜たちと簡単な手料理をつくっているだけだ。私は部屋に入り、宿題をしながら夕食の時間を待った。
お父さんが帰ってきて、夕食を三人で食べた。その後、お風呂に入って、自分の部屋で、最近読み始めた小説を読んだ。今日は色々あったせいもあるのか小説を読み始めてすぐに眠くなり、ベッドに入った。そして、今日は何もなくてよかったと思いながらすぐに眠りに落ちた。
次の日、学校に行くと私に対するいじめはなくなっていた。上履きもちゃんとあるし、お道具箱の中のものがなくなっていることもなかった。強いて言えば、昨日落胆していた主犯の男子が私に対して、
「美月がかばってくれたからと言って調子に乗るなよ」
と嫌味を言ってきたくらいだった。しかし、先生にこっぴどく怒られたことと美月ちゃんにこれ以上嫌われたくない想いが強く私をまたいじめる余力は残ってなかったようだ。それくらい美月ちゃんの影響力は絶大だった。
お昼休みの時に、私は廊下で美月ちゃんと出会った。彼女の周りには、数人の女子がいた。今思うと、美月ちゃんの周りにはいつも誰かがいて、中心には彼女がいる。
美月ちゃんが私の存在に気が付いて、近づいてきた。
「彩ちゃん、今日も一緒に帰ろうね!教室の前で待ってるね!」
と元気よく話しかけてきた。
「うん、わかった」
私は昨日初めて美月ちゃんと話した時と同様にか細い声で返事をした。
「じゃあ、また放課後ね!」
美月ちゃんが数人の女子たちと去っていった。数人の女子たちは美月にあんな友達いたんだっけと思っているかのようなきょとんとした顔をして、私の横を通り過ぎていった。
学校が終わると、教室の前で待ってくれていた美月ちゃんと一緒に下校した。私は誰かと一緒に帰ることに慣れていないせいで、何をこういうときに話せばよいかわからずにいた。
そのとき、私は下校するとき美月ちゃんの周りにはなんで友達がいないのか不思議にふと思った。
「美月ちゃんは帰るときは友達と一緒に帰らないの?」
と私は思ったことをすぐ言葉にした。
「うん、そもそも私たちの帰る方向の人って少なくない?後、み
んなは放課後誰かの家で遊んだりするんだよね」
と美月ちゃんはどこか寂しそうに言った。
「確かに、言われてみれば少ないかも。美月ちゃんはみんなと一緒に遊びには行かないの?」
「行かないというよりは行けないって感じかな、ピアノのレッスンが毎日あるから」
「毎日レッスンしてるのすごいね、だから全校集会のときもあんなに表彰されてるんだね」
私は美月ちゃんが毎日練習していることが素直にすごいと思った。
自分だったら、三日ももたないと思うからだ。
「私はまだまだ全然すごくないよ、私より年下で既にオーケストラと共演している子や、世界の上手なピアニストたちと競っている子たちがいっぱいいるんだよ。だから、私も早くその子たちと同じステージに立ちたいんだ」
「美月ちゃんの目標は壮大ですごいな、私なんか最近は何の目標もないよ。幼稚園生の頃はあったはずなのにね」
「いいな」
と美月ちゃんが私に聞こえるか聞こえないかのギリギリの声でそう言った気がした。私は思わず、
「ん?」
と聞き返すと、美月ちゃんはもとの元気な声で話し始めた。
「ごめん、何でもない。彩ちゃんもそのうちなんか目標くらいできるって」
私は美月ちゃんが珍しく適当に言っていて、彼女の表情はどこか曇りがかっていたように感じた。
その後はたわいもない話をして、分かれ道に着いた。
「彩ちゃん、また明日ね!」
美月ちゃんは私に手を振った。私も手を振り返した。
帰宅すると、いつもと同じでお母さんが夕食の準備をしていた。
だけど、今日は料理の量が少なかった。嫌な予感がした。
案の定、今日の夕食はお母さんと二人だった。お父さんは飲みに行っているらしい。夕食を終え、いつも通りお風呂に入って、自分の部屋で寝ようとした。その時だった。バンッとすごい勢いで扉があく音がした。どうやら、お父さんが帰宅したらしい。
「お母さん、日本酒!」
と大きな声で叫ぶ。私の部屋は居間の隣にあるので声が全部聞こえる。多分、お母さんは急いで準備している。
「早くしろよ」
と再びお父さんが叫ぶ。いつも焼酎ばかり飲むのに急に日本酒と言われお母さんが用意するのに時間がかかっていると思った。このままだと、お母さんがいつも以上に怒られてしまうと思い、私は居間に行って時間を稼いであげる必要があると思った。
私が扉を開けて居間に入ると、お父さんが私の存在に気付いた。
「彩、ごめん起こしちゃったかな?」
とお父さんの口調が変わる。
「大丈夫だよ。ちょっとお父さんとお話したいと思っただけ」
と私が思っていないことを少し眠そうな感じで言うと、
「そっか、じゃあお父さんと話そうか」
結局、お父さんに今読んでいる小説の話を少しして、トイレに行って寝るねと伝えて、部屋に戻った。そのころには、お母さんは日本酒の準備はできていてお父さんは気分が少し良くなっていた。
だが、少し経つとまたお母さんへの暴言が始まる。
「お前の教育がなってないから、彩があんまり勉強できないんじゃないか。俺は毎日したくもない仕事して彩と居れる時間も少ないのに、お前は彩と居れる時間多いはずなのに何をしてるんだ」
とまた口調が強くなって言っていた。確かに、この間の学校のテストはただでさせいつも良くないがそのいつもよりも点数が良くなかった。お父さんはこの調子で勢いが止まることなく、お母さんに暴言や会社での不満を言っていた。だが、ある程度言うと泣き止んだ子どものようにおとなしくなり、お母さんに甘えて、布団まで連
れて行ってもらう。
私は結局全く寝れなかった。また、寝る前にとトイレに行こうと思い部屋を出るとお母さんに会った。
「大丈夫だった?」
と私は心配そうに言った。
「うん、大丈夫だよ。彩のためだと思えばなんてことないよ。お母
さんがドジだから彩にも迷惑かけてごめんね。今日は遅いから早く
寝なさい」
とお母さんは言って、後片付けを始めた。私はトイレに行って部屋に戻ると、自分のせいでお母さんに大変な思いをさせてしまった申し訳なさが強まった。そんな思いを抱きしめながら、眠りについた。
次の日、美月ちゃんは私に会ってすぐに、
「なんか今日いつもより元気ない?体調でも悪いの?」
と心配そうに声をかけてきた。
私は、昨晩のことを少しは引きずってはいたが、表向きでは何の変化もないように振る舞っていたつもりだった。私たちが歩いている廊下では、男子たちが大きな声を出しながら、追いかけっこをしている。
「そうかな?いつも通りだよ」
美月ちゃんは周りがうるさくて、私の声が聞こえづらかったのか耳を私の口元に少し近づけた。
「いつも通りで大丈夫だよ」
「そう?なら良かった!」
次は私の声がしっかり聞こえたようで美月ちゃんは安心した表情を浮かべていた。
そのとき、追いかけっこをして走っている男子の肩が私の肩にぶつかった。その衝撃で、私は倒れて、かけていた眼鏡が落ちた。
「わりい」
と言って男子は走り去っていく。その後を追うようにもう一人の男子が走っていく姿を目で追った。
美月ちゃんが私に近づいて来て、
「大丈夫?怪我はない?」
とまた心配そうな表情で私を見る。私は今日美月ちゃんに心配をかけてばかりで申し訳ないなと思った。
「あのー、これ君の眼鏡だよね?」
と背の低い眼鏡をかけた男の子が言ってきた。
「うん、それ私の眼鏡。拾ってくれてありがとう」
私はその男の子から眼鏡を受け取り、また自分の顔に眼鏡をかけた。
その男の子は何を思ったのか急に、
「君たち二人とも変なメガネをかけているね」
と私と美月ちゃんに言って、その場を去った。
私は意味が分からなかった。美月ちゃんはそもそも眼鏡をかけていないし、私の眼鏡は普通の黒ぶちの眼鏡である。
「佐野君、またよくわからないこと言ってるよ」
美月ちゃんが困った表情をしている。彼女の困ってる顔は初めて見るが同性から見ても、やはりかわいい顔である。
「美月ちゃん、あの男の子誰か知ってるの?」
「彼は私と同じクラスの佐野翔太郎君だよ、変わった子みたいなん
だよね」
「私たちと同級生なんだ、たぶん今まで一回も同じクラスになったことないな」
私は佐野君の身長が小さかったので、つい他学年の男の子だと思っていた。
「彩ちゃん、今日学校にいると災難そうだからすぐ帰ろう!」
「そうだね」
私たちはすぐに校舎を出て、一緒にいつもの帰り道を歩いた。
美月ちゃんと一緒に帰るようになってから、数ヶ月が経ち、桜の木がかわいらしさとどこか力強さを持っていた若葉がまるで青年のような力強い緑色をした青葉になり、その青葉たちが少しずつ黄葉に変わろうとする季節になっていた。
美月ちゃんの夏休みは、ピアノと勉強三昧の生活だったらしい。
私は彼女のひたむきに努力をする姿を尊敬していたし、いつしか憧れの存在になっていた。一方、私の夏休みは地獄だった。お父さんの仕事があまりうまくいっておらず、毎日のようにお母さんに対して、存在否定や文句や罵倒をお母さんに言っていた。だが、その暴言の中には、私には聞こえてないと思っているのだろうが、私に関
してのことも含まれていた。薄い壁一枚を挟んだ先に娘がいることを考えて話すことができないのかと思うのと同時に、その怒りの矛先がお母さんに向いていて、自分のせいでお母さんに迷惑をかけてしまっているのが申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
学校がまた始まって、美月ちゃんとまたお話ができたときはそれだけでもとても救われた気がした。これまでの期間を通して、私は美月ちゃんをとても信頼することができて、口数も最初の頃と比べると増えた。
そんなある日、いつものように美月ちゃんと一緒にたわいもない話をして帰っているときに、私は小学校を卒業してからの話題を切り出した。
「小学校卒業したら、私たち同じ中学校になるよね?」
私たちの学校は特殊で学区の関係上中学校は三つに分かれてしまう。だが、お互いの家の方面的に一緒になれると考えていた。
「… … 」
珍しく美月ちゃんが黙って聞いていて話そうとしない。
私は続けて、
「私が前に目標とかないって話したの覚えてる?でもね、ついに
私も目標ができたんだ。私の目標は美月ちゃんみたいになること!
私も何かひたむきに頑張れるものを見つけて、頑張って、みんなの
中心でみんなを笑顔にできるような存在になりたい」
いつもの分かれ道が見えてきた。そのとき、今まで黙っていた美月ちゃんが急に真剣な表情をして何かを決心したかのような勢いで、
「彩ちゃん、私引っ越すことになったんだ」
「え?」
私の足が止まった。私は突然のことで理解が追い付けなかった。
「私の家、私が四年生のときにお母さんが俊彦さんって人と再婚したの。俊彦さんは転勤族って言われる勤務地が変わる会社に勤めているらしくて、六年生までは私とお母さんはここに残ることになってるんだけど、中学校からは俊彦さんについていくことになったみたい」
「そうなんだ… … 」
私を暗闇の底から引き上げてくれたヒーローみたいな存在だった美月ちゃんがいなくなることは、私を助けてくれる人、私の目標となる存在の人がいなくなることを意味する。それは、私にとって今後の生きる希望の光が消失したことと等しい。
私はこの現実を受け入れることができなかった。
「でも、まだ残り五ヶ月くらいあるし、いっぱい色んな話しようね?」
と美月ちゃんは私が絶望的な顔をして固まっているのを見て、少しでもその表情を和らげようと私に話かけてくれた。
その想いに対して私は、
「そんなんじゃ、意味ないよ。最低」
と捨て台詞を吐いて、分かれ道を曲がり、美月ちゃんが見えなくなるまで走った。走る速度が上がれば、上がるほど私の目から大粒の涙がこぼれ落ちていった。私は立ち止まると同時にしゃがみ込み、美月ちゃんがいなくなる悲しみと自分の身勝手な発言に対する後悔で啼泣した。
この日も、壁を挟んだ先でお父さんがグチグチ何かを言っている。
きっとまた私のことも何か言っているのだろう。しかし、何を言われていようが今日の私の耳にその言葉たちは届くことはなく、心にもなんの影響もなかった。
次の日、美月ちゃんは学校を休んでいた。親と一緒に引っ越し先で通う学校見学に行ったそうだ。噂によると、彼女は私立の中高一貫校を受験するらしい。だから、あんなに夏休み期間中勉強していたのか。そもそもこのまま居たとしても、私と同じ公立の中学校に行くつもりがなかったのではないかと美月ちゃんの引っ越しのこと
が頭の中で反芻する。
週末を挟み、ついに美月ちゃんとまた帰れる日が来た。私のクラスの方が先に終わったので、彼女の教室の前で待っていた。
教室から美月ちゃんが出て来たので、
「美月ちゃん一緒に帰ろう」
とすかさず言った。すると、美月ちゃんが申し訳なさそうな顔をしながら、
「ごめん、今日から学校帰りに家と反対方向の塾に行かないといけ
なくなっちゃって、一緒に帰れなくなっちゃった。ごめんね」
と言って、いつも学校で一緒にいる友達たちと帰っていった。
私はまた一人で生きていくことになった。
「こんな思いをするくらいだったら、最初から出会わなければよかった。私のことを助けないで、一生暗闇の中で生きさせて欲しかった。」
と私はぼそぼそと独り言を言いながら下校した。
四ヶ月後のある日、私は学校が終わり教室を出ると、美月ちゃんがいた。
「彩ちゃん、久しぶり!一緒に帰ろう!」
と美月ちゃんは元気な声で言った。
急にまた美月ちゃんと一緒に帰ることができるようになった。
「私、受験が終わったんだ。だから、もう塾に行く必要がなくなっ
たから、また彩ちゃんと一緒に帰れるようになったの!」
と美月ちゃんはルンルン気分で話していた。
「結局、第一志望のところは落ちちゃったんだけど、第二志望のと
ころが合格できたからそこに行くことにするんだ。意外と頭がいい
学校に行くのって難しいって感じたよ。今まで学校のテストでは困
ったことがなかったのに、受験の問題となると思った以上にできな
くて焦った」
美月ちゃんが最後の方は、半分笑いながら話していた。
「合格おめでとう」
と私はボソッと呟くように言った。
「ありがとう」
と美月ちゃんが言って、少し口角を上げて微笑んだ。
最初は久しぶりに話すから緊張してうまく話せなかったが、一回の帰り道の中で、徐々に前みたいにたわいもない話ができるようになって、分かれ道に着いた。
「彩ちゃん、また明日ね!」
美月ちゃんは私に手を振った。私も手を振り返した。
私は美月ちゃんと別れた後、また一緒に帰れる喜びを噛みしめながら帰った。
私と美月ちゃんは残り一ヶ月の限られた時間の中で、お互いのことを多く知ることができたと私は勝手に思っている。そして、ついにあの日が来てしまう。
卒業式の日になり、私たちは自分が行く中学校の制服を着て、教室から体育館に移動する。移動している途中で、美月ちゃんの姿が見えた。彼女の制服の上半身は紺色のブレザーで、白いセーターと薄い水色のワイシャツを着ており、首元には可愛らしいリボンが着いている。また、スカートは黒と灰色のチェック柄である。制服姿の美月ちゃんは普段よりもさらに大人に見えた。
無事に卒業式が終わり、教室の前では多くの女子生徒が美月ちゃんの周りを囲んで泣いている。中には号泣して、彼女に抱きついている子もいた。彼女は一人一人と丁寧に話して、お別れをしていた。
だが、美月ちゃんは不思議と泣いていなかった。
美月ちゃんが多くの女子に取り囲まれている横で、私をいじめていた主犯の男子が美月ちゃんの方を見ながら泣いていた。私は、まだあの子は美月ちゃんのこと好きだったんだなと思った。
こうして改めて見ると美月ちゃんは本当に多くの人に慕われていたんだなと感じた。
美月ちゃんが私の方に近づいて来て、
「彩ちゃん、一緒に帰りますか!」
とどこか名残惜しさがあるような口調で言った。
最後とは言っても、私たちはいつも通りたわいもない話をして帰っていた。
いつもの分かれ道が見えてきた。そこで私は最後の質問をした。
「結局私が美月ちゃんみたいになるためにはどうすればいいと思う?」
美月ちゃんは考え込んで、話し始めたと思えば、
「んー、整形するとか?」
とふざけた感じで言った。
「ちょっと、真面目に聞いてるんだけど」
「ごめんごめん、まずその眼鏡ははずそう!前からずっと思ってたけど、彩ちゃん二重だし、目がすごくきれいなんだよね。後、髪は今ボブだけど、セミロングくらいまで伸ばした方が絶対似合うと思うな!私もセミロングだし、そういう意味でも一緒になれるし」
私ははじめて外見を褒められて、どんな反応をすればよいかわからなくて、少し話題を変えた。
「外見のことはもういいから、生き方みたいな、なんかこう心構えみたいなの教えてよ」
「生き方、心構えとかかー、彩ちゃん難しいこと聞いてくるね」
と言って、少し考えた後、
「上手に演じることかな」
私が想像していなかった回答が返ってきた。
私は素直に理解ができなかったので、改めて聞いた。
「上手に演じるってどういうこと?」
「いや、今の言葉忘れて。てか、彩ちゃんはそもそも私に憧れる必要はないと思うよ!」
「なんで?」
「だって、彩ちゃんは彩ちゃんだから!」
「それじゃあ何にもいいことないんだけど」
と私はふてくされた顔をして、言った。
その姿を見て、美月ちゃんは笑っていた。
ついに、分かれ道に着いた。
私は美月ちゃんにずっと伝えたかったことを最後に言った。
「五ヶ月前、美月ちゃんから引っ越しの話を初めて聞いた日、私美月ちゃんを傷つけることを言って、ごめんなさい」
私は流れそうになる涙をこらえながら話した。そして、
「私を助けてくれてありがとう。美月ちゃんは私の永遠のヒーローだよ」
と出会ってから、ずっと言いたかった感謝の気持ちも伝えた。最
後までしっかり言い切ることができて、安心したのか目から涙が溢れ出す。
「それを言うなら、ヒロインでしょ」
と美月ちゃんがすぐに私の言葉に対して切り返すが、そのあとすぐに
「ありがとう」
と美月ちゃんはひまわりのような愛くるしい笑顔を咲かせながら
私に言った。そして、その目には、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
「彩ちゃん、また会おうね!」
と美月ちゃんが元気な声で言った。美月ちゃんは私に手を振った。
私も手を振り返した。
二人はそれぞれ自分の分かれ道の方向を見て、大きな一歩を踏み出した。
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