7.聖女の失敗 1

 翌日、エリスは神官から聞かされた話しに激怒していた!


「どういう事よ!どうして調査がこんなに早く終わるのよ!」

「早く終わるのは良いことだ。今回の跡地は

 ただでさえ曰く付きで誰も調査に参加しようとしなかった…だが皇太子殿下が優れた研究者、学者達を手配してくださったのだ。おかげで見つかった書物や骨董品の調査も進んだ…何も悪い事は起きてないだろ。むしろ良いしか起きていないのだろ、何が気に入らないのだ」

「早く終わってしまったらアルベリク様と居られないじゃない!」

「エリス、現実を見なさい。お前の努力は素晴らしいモノだ。だが今…お前は誤った方に使おうとしている」

「間違ってなんかないわ!ワタシは生まれた時からあの人の、アルベリク様の隣に相応しい者になるよう育てられてきた!聖女としても完璧な人間にさせられた!

 全部アルベリク様の為に頑張ってきたのよ!なのに!なのに!悪評まみれの他国の王女に簡単にその座を奪われた!…絶対に諦めないわ!」

「……」


 生まれて18年…エリスはキスリング公爵家の令嬢として生まれ、皇太子妃になるよう育てられ、地道な努力をした結果聖女に選ばれた…。

 ずっとアルベリクの隣に立つ為だけに努力してきた…

 しかし次期皇太子妃と言われても…婚約者候補止まりだった。アルベリクとの婚約まで行けなかった…

 何がいけなかったのか…何が悪かったのか…原因がわからないまま時間は過ぎていき…悪評まみれのユリアスがやって来た。

 それも…和平交渉の条件としてアルベリクと婚約、結婚する為に来たと…エリスには信じられない事だった。


 自分は婚約者候補止まりだったのに…他国の王女が簡単に婚約出来るだなんて…許せなかった。

 良かったのがユリアスがアルベリクと婚約する気、皇太子妃になる気が無かった事。


 オマケにアルベリクがユリアスに向かって「お前と結婚しない!」と宣言したとの事…

 エリスにとってチャンスしかなかった。

 あと一歩でアルベリクはエリスに落ちて恋仲になれる…そんな気でいた。

 自分こそ皇太子妃に相応しいと言ってくれてる人間は帝国の至る所にいる…だから負ける気がしなかった。

 でも…いくらアプローチをしても、どんなに色仕掛けをしてもアルベリクは微動だにしなかった。

 笑ってはいるが…惚れてるようには見えなかった。


 どうして彼は…自分を見てくれないのか…


 悪評まみれの王女に心が奪われてる訳ではないようだが…自分では無い誰かに心が向いてるのは確かだ…


 誰に…何時…どこで…心を奪われたんだ…


 聖女エリスの心は怒りと憎しみだけだなく、嫉妬と憎悪で溢れていた…



 このままではユリアスに負けてしまう…このチャンスを絶対に逃す訳にもいかない…

 何としてでも彼と関係を…媚薬でも使って既成事実を作らなくては…


 その後、調査が終わり次第滞在は終了だと告げられたエリスは…一人は項垂れ…怪しい笑みを浮かべていたのであった。


 ★☆★☆★

 そして…時間は過ぎていき、あっという間にエルネストが視察に行く日になった。

 ユリアスは身支度を終えて部屋から出て裏口を目指していた。シルヴァを鞄に入れ、周りに誰も居ない事を確認して城を走り抜けた。


 現在の時刻は7時前、予定では1時間後に出発だが、万が一に備えて早めに出てきた。


 一応気配を消す魔法を使ってるので使用人達には彼女の姿は見えてない。しかし一部の人間には効かない…


 しばらくして…無事に目的の裏口に来れた。そこには既にエルネストと従者で護衛騎士のヨシュア、そして…何故かジョシュアが居た。


「!?なんで此処にいるの?」

「言っただろ?オレは皇子の部下だって。それに、何で監視に捕まらずに此処まで来れたと思う?」

「……まさか…」

「ダン隊長達居なかっただろ?オレが朝担当するって言ったから」

「なっ!」


 確かに目が覚めてから監視の気配が全くしなかった。彼が言っていたのはこの事だったのか…やはり彼にも視察の事は伝わってたようだ。


「最初からわかってて話しかけてきたの?」

「部下だもの、知らされてるに決まってるだろ?」

「兄、話すのは後にした方が良い。バレたら大変だし」

「おっと、ヨシュアの言う通りだな。んじゃ、馬車に乗ってもらおうか」

「何で賊みたいな言い方をするんだ…でも普通に乗られたらバレる、まずはこっちに入って」

「荷台?」


 エルネストは馬車の荷台を開けて中に入るよう言った。


「暗いところは平気?」

「えぇ、平気ですが…」

「怖くなったら言って、狭くないと思うから従魔も出して良いよ」

『!!』

「でも声を出したりはしないで、音も立てないように」

「わかりました…」


 そう言ってエルネストは荷台の蓋を閉じた。完全に真っ暗ではなかったが、小さな穴から外が見える程度だ。


 エルネストは馬車の中に入り、騎士のヨシュアは馬で追い、ジョシュアは姿を隠して馬車に乗った。

 ジョシュアとヨシュアだけでなく、御者をしている騎士もユリアスが来てる事を知ってる…。


 最終確認をしている間に1時間経った。予定どおり午前8時に出発した。


 裏口にも警備兵はいたが、簡単に説明して抜け出せた。


「…簡単に城から抜け出せちゃったね」

『此処からどうするんでしゅか?』

「離れてる間に私が出来る事はないわ。聖女エリスに頑張ってもらうよう祈るしかね…」

『あぅ…あんまりお祈りしたくないでしゅ…』

「……」


 その後…平原で止まりユリアスを荷台から出して馬車に乗せ、ジョシュアが瞬間移動で城に帰って行った。どうやらヨシュアのいる所にならどんなに離れていても一瞬で来れるそうだ…

 主のエルネストではなく弟のヨシュアなのか…



 ジョシュアが城に戻ったら…さぁ大変

 散々放置していた悪評まみれのユリアス王女が居なくなった事で城はパニック状態、エルネストが視察に行って事は皆に伝わってるので慌ててはいない。

 この状況に喜ぶ者とショックを受ける者が居た…


 誰もエルネストの視察に同行してるとは思ってないみたいだ。監査達はケイオスに説教を受けていた、何故誰も見ていないのだと…もちろん協力者のジョシュアも説教を受けた、受けた方がバレないから。


 ☆★☆★☆


 それから数時間後、時刻は夕方 5時頃


 目的地付近の宿屋に着いたようだ。


 元々部屋はエルネスト一人、ヨシュアと御者だったが、ユリアスが来たことで彼女を男と同じ部屋に入れる事は出来ない。

 そこで、ユリアス一人、エルネストとヨシュア、御者が馬車となった。


 申し訳ない気持ちになったが、急遽呼んだのは自分だから気にするなとエルネストに言われた。15歳の皇子とは思えない…


 入浴を済ませてから部屋に入ってシルヴァを降ろそうとした。しかし未知の空間に足をつけるのが怖いのか…降りるのを拒む、小さな足をパタパタさせて抵抗してる…可愛いすぎる。


「大丈夫よシルヴァ、私の部屋と対して変わらないわよ。そんなに怖がらないで」

『怖いでしゅ!』

「(部屋の香りが原因なのかな、木の良い香り…私は好きだけど)」

『あぅ…あぅ…ヒッ!ツルツルでしゅ!』

「わっ!危ない!」


 ふわふわな手足が仇となり、滑ってしまってる。上手く立てないようだ…転んではいないので良かったのが…いつか頭を打ってしまいそうだ。


「ごめんねシルヴァ、考えが甘かったわ…怖い思いさせてごめんね」

『だ、大丈夫でしゅ…』


 プルプルと震えながら言われても説得力が無い、ユリアスは速やかに抱き上げてベットに横になった。


「もう怖くない?ごめんね」

『だ、大丈夫でしゅ。ユリアスしゃまと一緒なら怖くないでしゅ』

「それなら良かったわ…明日も忙しいみたいだから寝よっか」

『はい!』


 ユリアスはぬいぐるみのようにシルヴァをぎゅ~と抱き締めると…すぐに眠ってしまった。シルヴァも彼女の温かさのおかげがすぐに眠ってしまった…小さな寝息を立ててる


 その頃…エルネストとヨシュアは…


「明日は平原、湖、海岸の街を訪れる予定だっけ?」

「はい。今回の視察は全部で10ヵ所です。何事も無ければ2ヵ月で終わるでしょう。

 帝国は広く1ヵ所1ヵ所が離れている為、移動にかなり時間がかかってしまうのが難点です…」

「2ヵ月か…微妙だなぁ…」

「微妙?」

「こっちの話、それで、急だったけどアレ用意できた?」

「はい。兄が持ってきてくれました。衣服と靴と…ウィッグですか?」

「うん、翡翠の髪は綺麗だけど目立つでしょ?背丈も同じくらいだし、これらを着せれば僕の見習い従者だって言ってもバレないと思うよ」

「確かにそうですね…」


 何やら意味深な発言をするエルネスト、従者で護衛騎士であるヨシュアは複雑そうな表情をしていた。

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