聖女の失敗 2

 翌日

 この宿屋は皇族や帝国の騎士達専用の宿屋らしく、視察や遠征の際に利用してるそうだ。


 時刻は午前8時前 ヨシュアがユリアスの部屋の扉を叩いた。

 起きてはいたが着替えてないユリアスが扉を開けた。


「おはようございますユリアス王女、急ですがこれを着てください。着替えたら自分に声をかけてください」

「えっ?…あっ、わかったわ…」


 渡されたのは白いシャツとベスト、紺色のロングパンツ、黒い靴…とのウィッグ…

 とりあえず着替えたが…男装とは言えない。

 ウィッグを被ってもまだ美少女のままだ。


 …シルヴァも小首を傾げてる…何か違うな


 着替えたのでヨシュアに声をかけると、部屋に入ってドレッサーの前に座らせられた。

 そして…慣れた手付きで髪(ウィッグ)を束ねた。


「自分達の家は男が2人だけで、女児が3人いるのです」

「妹が3人いるの?」

「えぇ、3人とも自分とそれなりに離れていまして、髪を結んでくれと言われてました」

「いくつなの?アナタとジョシュアは双子と聞いてるけど…」

「…自分達が10の時に長女が生まれたので…10は離れてます。今自分達は25です」

「ホントにそれなりに離れてるわね…(雰囲気は違うけど喋り方がそっくりだわ…ホントに双子なんだ)」


 だから髪結びに慣れてるのか…

 数分にしてウィッグと顔の違和感が無くなり、中性的な少女になった。


「これらの服は男装を嗜む女性の為に作られた服です。男装するために胸部を抑える手間がないので女性に絶賛されてます」

「…確かに楽だわ」

「詳しいことは殿下が話してくれます、下に行きましょう」

「えぇ…」


 身だしなみを整え、シルヴァを抱き抱えて下の階に降りた。


 ★☆★☆★

「おはよう、よく寝れた?」

「おはようございますエルネスト皇子殿下、はい。ぐっすりと寝れました」

「それなら良かったよ。とりあえず朝食を食べながら色々話そう」

「はい」


 食堂に案内され、朝食を食べながら説明された。


「まず30分後に出発して最初の目的地に向かう。領主や領民に話を聞いて情報をまとめたりして次の場所に移動する。全部で10ヵ所行くから、2ヵ月はかかる」

「…微妙ですね」

「でしょ。この間にエリスが何処まで兄上と進展出来るかが問題だよ。下手しらこの時間が無駄になる可能性もある」

「それは最悪なパターンですね」

「ホント…想像したくない」

「……」


 実際2人の知らない所で最悪な結果になろうとしてる…

 恋は盲目…人を変えてしまうとも言う…まさに今のエリスを表す言葉だ。

 想い人の為だけに頑張ってきたエリスだが…この努力を水の泡にされかけてる…


 それも…今もアルベリクの心を奪ってる相手によって…


 この怒りを…憎悪を誰に向ければ良いのかわからない彼女は…恐ろしい作戦を実行しようとしてる…


 彼の心を奪ってるのがユリアスではないとわかってるだけ良い…

 ユリアスに怒りをぶつけても意味がないとも…

 何処の誰かもわからない相手に想い人の心を奪われ続けるのはあまりにも辛すぎる…まだユリアスだったらマシだった…


 ユリアスとエルネストが望んでるのは平和に2人の仲が進展する事、既成事実での進展は喜べない…


 一体…何処の誰が彼の心を奪っており…恋する聖女の心を壊しているのだろう…


ユリアス達を乗せた馬車が出発した。


「それと、婚約を無かった事にする方法がもう一つあるんだ」

「本当ですか?」

「うん、これは結構難しいんだけど、ある意味平和に解消される。

…と言っても兄上と君は婚約してない、婚約者候補の状況だ」

「はい…」

「妃になる気が有る無いは君次第だ、だから何も言えない。

でも、この方法なら婚約を見送れる…」

「…それは?」

「…どちらかが6ヵ月以上姿を眩ます事だ。一年は12ヵ月、そのうちの半年間、面会が無かったら無効になる、自然消滅する…」

「半年も逃亡しなきゃ行けないなんて…」

「難しいでしょ?でも自由になる為の方法としては一番適してる」

「そうですね…(なるほど、その方法もあるのね…難しそうだけど頭に入れとこ)」




 ☆★☆★☆★


 8時半頃、予定通り宿屋を出発して最初の目的地『平原の里』に向かった。

 帝国は広い、各地に神秘の存在と共に生活してる人々もいる。

 今回向かう里には神秘の存在『エルフ』がいる。


 警戒心が高く、そしてプライドも高く皇族が相手でも簡単に頭を下げない。エルフが領主らしく、プライドが高いとはいえ意外にも人種差別はしてないようだ。ただ厳しい人らしい… 


 里は自然豊かな平原と森の境目にあり、砦の役割も持ってる。里と言ってもかなり広く、村ではなく小さな町がある…里とは一体…。


 エルネストの説明を聞いてる間に馬車は平原の里に到着したようだ。


「よく聞いて、帰るまで君は僕の見習い従者だ。名前は…まぁ、なんとかするよ。とにかくヨシュアと僕の指示通りに動いてくれればいいよ。掃除とか頼まないから、そこは安心して」

「それは自分の仕事です殿下、とにかくユリアス王女は自分の後ろに居てください」

「わかりました…よろしくお願いします」

「きゃん!(ボクは何をすればいいでしゅか?)」

「あっ…従魔がいたか。そうだな、彼女から離れないようにして。使い魔を従える見習い従者とか…あり?」

「うぅん…喋るぬいぐるみの方が良いかと」

「ぬいぐるみは喋らないよヨシュア…」

「失礼しました…ですがペットを連れてる従者もどうかと…」

「うぅん…」


 普通の人間には見えないシルヴァだが、ドラゴンと同じ神秘の存在であるエルフに見えるかはどうかは不明だ。おそらく…見えるだろう。


 シルヴァは神秘の存在と繋がる存在、ドラゴンの眷属なのだ…


 …話し合いの結果、最初に話したように使い魔という設定にした。

(エルネストも炎の龍神エンブレアスの血と力を宿す者だからシルヴァが見えるし頭で会話が出来る)


 ーーーー

 領主の館を訪れ、領主と話をした。


「お待ちしておりましたエルネスト皇子殿下、まず、こちらが全体の報告書でございます」

「ありがとう、何か困ってる事とかはある?すぐには解決出来ないかもしれないけど…」

「そうですね…実は―――」

「―――なるほど、検証してみるよ。他にはある?」

「全体報告については以上ですね、しかし…少々こちらの報告の件で――」

「―――」

「―――」


 …とても15歳の皇子とは思えない…

 大人でもあそこまで答えられないだろう…


 自分でもあそこまで対応は出来ない、一応独学で経済学等は学んだが…あそこまでは答えられない。


 …数分後、領主との話が終わった。


「いやぁ…皇子殿下には驚かせられます」

「いや、まだ父や兄には負けます」

「そんなことはございません。同胞達が口を揃えてエルネスト皇子殿下は素晴らしいと言ってます。皆貴方の言葉に救われてます…」

「そうか…良かったよ」


 どこか悲しい表情…それでも仕事はやめない。


 領主との話の後は歩いて情報を集める。住民に話を聞いたり、訪れる商人や冒険者から話を聞いて貿易状態、防衛の見極め等をする…これを10ヵ所分…3ヵ月はかかるわけだ…


 話をするエルネストだけじゃない、彼と共に全ての情報をまとめるヨシュアも凄い…


 2人の仕事を見てる時だった。

 エルフの子供がユリアスに話しかけてきた。

 ユリアスはしゃがみ、子供と目線を合わせて返事をした。


「こんにちわぁ」

「こんにちは」

「子ギツネちゃん可愛いでしゅね」

「フフッ 可愛いでしょ?撫でてみる?」

「いいの!?」

「えぇ 優しく撫でてあげて」

『どうぞ!』

「…わぁ!フワフワだぁ」

「あっ!娘がすみません」

「大丈夫ですよ。この子も撫でられて喜んでるので」

「すみません、ありがとうございます」

「ママ!フワフワ!もふもふ!」

「きゃん!」

「フフッ そうね、ふわふわで可愛いわね。でも皇子様のお仕事の邪魔しちゃダメよ。行きましょ」

「はぁーい、バイバイ!ありがとうございまちたぁ」

「こちらこそ、ありがとう」

『撫でてくれてありがとうございましゅ!』


 親子は笑顔で去って行った。

 青いリボンを着けてるので全てのヒトに見えようにしてたからエルフの親子が寄ってきたのだ、使い魔設定にして正解だった。


 このやりとりを見ていたエルネストとヨシュアは静かに笑っていた。


 その後、平原の里を離れて次の目的地に向かったのだった。






 一方…皇城では神殿跡地の調査が最終段階に入っていた。

 アルベリクとエリスも参加していたが…焦ってるのか…空回りてしいた。


 ユリアスが居なくなってしまった事で監視達は別の仕事を頼まれて不在…


 ケイオスはエリスに話しかけたが…睨まれてしまった。

 まるで話しかけるなと言ってるようだった…


 エリスは調査が終わる事を望んでない…まだ滞在していたいから…

 ユリアスが居ない今こそチャンスなのだから…でもいくら行動してもアルベリクの心は自分には向かない。


 …ユリアスが何時戻ってくるかもわからない今こそ…アレが実行出来るか…


 不吉な笑みを浮かべながらアルベリクの腕に抱き付くエリス…その瞳に光は無かった。

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