7.悲しすぎる三角関係

 アルベリクがユリアスの部屋を訪れた日から更に1週間が経った。

 この日ユリアスはダイニングホールでアルベリクと朝食を食べていた。

 残念ながら良い時間とは言えなかった。アルベリクが話しかける事はなく、黙々と食事を食べ終え、今にも席を立ちそうだった。しかしまだ食べ終えてないユリアスを睨みながら見ていた。…早くしろと言ってような目だった…

 


「(そんなに睨まないでよ~ ただでさえ食事が喉に通らないのに~)」



 流石のアルベリクとの食事だったのか腐った食材は使われておらず、毒も入っていなかった。久々の美味しい料理のはずが…重たい空気のせいで料理が喉に通らなかった。


 そんなに嫌なら接しなくて良いのに…


 あれから変化は少しだけあった。あまりにも暇を持て余し過ぎていたユリアスを見た監視が皇城の図書室から本を持ってきて来てくれた。読み終えたらこの箱に入れといてくれと、貸し出し返却等もしてくれた…

 とは言え、アルベリクとの関係は未だに最悪なまま。


 朝早くから起こされたと思ったらアルベリクと朝食を取れと言われ…渋々来たが待っていたのは不機嫌な様子のアルベリク。呼んでおいて何だその態度は…

 やっとの思いで食べ終えると、アルベリクは一人速やかに出て行った。一人取り残されたユリアスだったが、女性の監視が部屋に戻ろうと言ってくれたのでダイニングホールを去った。


「うっ…久々に良いもの食べてたから胃が…」


 これまで腐った食材での料理しか食べて来なかったからか身体がビックリして体調を崩したようだ。少し横になれば良くなるはずだ、楽な体勢でベットに横になって本を読むと…音もなくテーブルには胃に効く薬が置かれていた。

 ユリアスがそれに気付いたのは2時間後だった。



 2時間後、いつの間にか寝ていたのか時刻は午前11時前

 身体は楽になっていたが今から昼食は食べれない。

 相変わらず外には出れないので監視が用意してくれた帝国の本を手にした。帝国の文字はフィリスタル王国とは違って読み書きが異なる。

 ユリアスは読めないので自分で読み書きしながら覚えた。

 一文字一文字読み書きを覚え、一通り覚えたら本を読み、わからない文字があれば調べると勉強に励んだ。

 独学ではあるが時間を潰せる事が増えてよかった。


 勉強に夢中になってる時だった。

 久々にナソスがやって来た。皇帝イルベタスとアルベリクが呼んでるから来いとの事だった。

 遅れる訳には行かないのですぐに着替えたが…ドレスが少ないので同じモノを着るしかない。今着てる動きやすいワンピースとかで行きたい気分だ…。


 青いドレスを着て王座の間に向かった時だった。翡翠の髪が珍しかったのか、誰かに声をかけられた。


「まぁ…変わった髪ですね」

「??」

「せ、『エリス』様!?何故この場に!?ごめんなさい。すぐさま客間サロンにご案内させます」

「あら?急いでましたか?」

「申し訳ございません…」

「まぁごめんなさい。でしたら客間サロンで待たせていただきますわ」

「ありがとうございます。また後程…」


 ナソスが近場に来た召使いにエリスとやらを客間サロンに案内させるよう指示した。

 その後再び王座の間に向かったが、道中ナソスからある事を言われた。


「聖女エリス様は元々皇太子アルベリク様の婚約者候補でした。御二人が会って話してる所を多くの者が目撃しています。それはもう仲睦まじい恋人達に見えました。

 エリス様はアルベリク様をお慕いしてるようですし、アルベリク様に似た質問をした所、否定するような発言はしませんでした」

「そうですか(ひぇ~なんだこの三角関係は!

 ようは聖女様は皇太子が好き、でも皇太子はミアが好き、でもミアはルアンが好き…何だこの失恋の連鎖は!!悲しすぎる三角関係じゃん!!)」


 他人の恋愛事情に興味はないが…あまりにも悲しすぎる三角関係にツッコミを入れられざるを得なかった。誰も幸せにならない三角関係なんて聞いたことない!

 しかもよりによってアルベリクには自分が絡んでしまってる…修羅場だ。

 要するにナソスが言いたいのは聖女と皇太子の仲を壊しやがって!邪魔だからさっさと消えろって事だ、消えられたら既に消えてる!出来ないから此処に居るんだ!

 もちろん邪魔はするつもりはない、ましてやまだユリアスとアルベリクの婚約は完全ではない。条件は変わったがお互い和平交渉は成立させてる、だから下手に婚約を無効にする事は出来ない。


 出来るとしたら…ユリアスが命を落とした時だろう…。

 こうなると、エリスを推す者達は意地でもユリアスを退かして皇太子妃をエリスにしたいはずだ。…ユリアスの命が狙われるが彼女は簡単に死なない。


 ユリアスだってミアに想いを寄せるアルベリクを解放したい、でも待ってるのは悲しすぎる現実、ミアはルアンと婚約関係を築いてる、下手したらフィリスタル王国に行ったら既に2人は夫婦になってるかもしれない。

 一番平和なのは聖女エリスと結婚する事だろう…


 不安な気持ちになりながらも王座の間に着いて中に入った。今日も初日のようにアルベリクがたっており皇帝イルベタスが王座に座っていた。違うのは中心に神父が立ってる事…


 理解した瞬間…頭の中で警報が鳴った…


 マズイ…これはマズイ…引き返さないと取り返しのつかない事が起きる… 


 それでも前に進まなければ話は始まらない…

 恐る恐る足を進めてアルベリクの隣に立った。

 イルベタスが2人を見て口を開いた。


「ユリアス王女、急遽呼び出して申し訳ない。

 そなたとアルベリクにやってもらいたい事があって呼び出したのだ」


 彼がそう言うと紙を手にした神父が間に立って書見台に紙を置いた。

 …婚約証書だ…婚約書とは別物で、目の前の紙を提出しても結婚は認められない。一言で言うと…契約書だ。

 契約を破れば簡単に婚約を無かったことに出来る天使のようで悪魔のような書類だ。


 お互いが良い関係を築いた時、正式な婚約書を書いて国主や神父に提出して初めて結婚が認められる…。色々面倒だが安全に結婚が出来る


 イルベタスが書いて欲しいと言っても…ユリアスは色々あって婚約すらしたくない、ましてやアルベリクに至ってはユリアスと結婚すらしたくないのだ。

 しかし皇帝の命には逆らえない…


「どうも上手く行ってないようだが、和平を結んだからには婚約してもらわないと困る」

「だが俺は!」

「(どうする…いくら簡単に婚約を破棄できる書類とは言え、書いたら色々面倒な事になる…書いたら…ますます周りの反感を買うことになるわよ…)」


 冷や汗が止まらないユリアスの手が震える…確かにイルベタスの言う通りユリアスは客人ではなくアルベリクの妻になる為に来たのだ。

 しかし肝心のアルベリク本人はユリアスと結婚しないと大声で言ったのだ。あの時何人かの騎士が聞いてるので証拠になる。


 書きたくない、面倒事に巻き込まれるのはもううんざりだ…何でこんな事に…全部ミアのせいだ!!(大正解)


 こんな複雑な気持ちで書いて良い紙じゃない、

 アルベリクも書く気はないようだが…イルベタスの視線が痛すぎて反対出来ない。


「も…」

「どうしたユリアス王女?顔色が悪いが…」

「(言うしかない!)も、申し訳ございません皇帝陛下!!」

「「!?!?」」


 意を決して声を出して土下座をしたユリアスに混乱するアルベリクと神父、イルベタスは黙って見ていた。



「本当に申し訳ございません。今の私にはこちらを書く資格も気持ちがございません…。どうがお時間をください。後日必ず記入いたします!」

「………」

「(怖い…怖すぎる……でも気持ち悪いとか言われるよりも皇太子と婚約をして周りの反感を買うより全然マシよ…)」


 ガクガクと震えながら辛い沈黙に耐えてると…イルベタスが口を開いた。


「自分が何を言ってるのかわかっているのか?」

「理解しております…」

「わかってるならやるべき事をやるのだ」

「……(こ、怖すぎるー!)」


 恐怖で意識を失いかけた時だった… 


「もう…だから言ったではありませんか」

「!!」

「クルシュ、何が言いたい」


 横から后妃クルシュがやって来た。


「陛下、アルベリクとユリアス王女はお互いを知りませんし、お互い婚約を望んでません。陛下は先走りすぎですわ」

「だが和平交渉が成立した今2人を婚約させなければならない」

「前に言ったばかりでしょう?アルベリクには現実を見ろと言ったのに、現実を理解してる陛下が先走っては混乱を生むだけですわ」

「う、うむ…だが…」

 


 クルシュの正論に救われたユリアス、少し安心した途端体勢を崩すと神父が手を差し出してくれた。顔の鱗に驚いてはいたが嫌な顔せず助けてくれた。


「婚約はお互いを知るところからですわ。アルベリクがユリアス王女に向かって結婚しないと言ってしまってる以上、ユリアス王女にも婚約する気持ちは生まれませんわ。書きたくなくて当然です。ですがお互いの気持ちを無視して結婚させるのが政略結婚ですからね…」

「クルシュ…」

「……」

「陛下は書かせたい、でも王女は書きたくない…でしたら少し時間を与えましょう。お互いを少しでも知れば答えは変わるはずです。

 それでも変わらなかったら和平交渉は無かった事にする。交渉を破綻させたのはフィリスタル王国ですから、戦争をしかけても良いでしょう」

「……(ごもっともだわ…やっぱりどの国でも国母は怖いわね)」


 最後のクルシュの発言があまりにも物騒だが…彼女は最後まで正論を言っていた。

 イルベタスも間違ってはいなかったが先走りすぎたのだ…


 クルシュはユリアスの前に立った。

 情けない姿を晒してしまって恥ずかしい…思わず顔を背けてしまったが…クルシュは優しく微笑んだ。



「陛下がごめんない。たった一人で来たのに気遣えも出来ずに困らせて、心細かったでしょ?」

「いえ…全て私が悪いのです…」

「婚約を恐れる気持ちはわかるわ…他国の姫君とはいえ、ただでさえ皇太子アルベリクの妻になるなんてプレッシャーで気絶してしまいそうでしょ。

 それに、貴方がアルベリクとの婚約を望んでない気持ちもわかる。目の前でお前とは結婚しない!って言われたらどうしようもないですし」

「……」

「貴方はその為に来たのに、そんな事言われちゃったらどうしようもないですしね…」


 クルシュに睨まれたアルベリクは顔を背けた。


 …心配してるように見せかけて…遠回しに「自分の立場をわきまえなさい」と言われてるのだ…ユリアスの味方なんてしてない。


 クルシュが時間を作ってくれたのは良いが…申し訳無いがアルベリクと仲を深める気はこれっぽっちも無い。

 このまま交渉が無かった事になってユリアスが解放されるのが一番の理想だ…フィリスタルに未練は無い、戦争に負けて滅んでしまっても構わない…

 アルベリクにはエリスと結ばれてもらって自分は晴れて自由の身、それが一番平和に解決するはず。


 その後、婚約証書を書く機会を先にしてもらった。それまでに2人が仲を深めなければ和平交渉が無かった事になる… 

 ……期限は半年…現在『五の月』、次に婚約証書を書くのは『十一の月』だ…。


 王座の間を出たが…アルベリクはユリアスを見ずに離れようとしたが、待っていたナソスにエリスが客室サロンに居ることを聞かせれると一瞬表情が変わった。

 これを見たユリアスは…


「(面倒くさい~!!)」


 疲れ果てた顔をしたのだった。

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