14 小人の国
食事を終えたレイヤは、なんとかラシルから洗い物を手伝う許可を得て食器洗いを手伝った。
そして、庭の様子を見に行くと言うリヴと共に家の外に出た。
昨日の夜は暗くてあまり見えなかったが、木々に囲まれた家の回りには小さな畑があり、いくつかの作物が育っていた。プランターにはハーブが植えられ、近くの木には木の実が生っている。
レイヤは家に目を向けた。そして、違和感を感じた。この家は何かが変だ。
「面白い造りでしょう。ヨルム様がお使いになる部屋は、土の中に埋まっているのですよ」
道理でヨルムの部屋に窓がないはずだ。この家は、途中から地面と同化している。
「私たちのようにヨルム様の元に居ることを願った人間が作ったらしいです。木の扱いに慣れた者が二人で作ったとか」
ヨルムの部屋に、無理やり木の板を繋いで人の住む家を継ぎ足したというわけか。
「今、リヴとラシルが使ってる部屋は……」
「その二人が自分達の為に作った部屋のようですね」
「すごいね。一緒に居る為に家まで作っちゃうなんて」
レイヤは感嘆の息を吐く。そして、そのまま俯いた。
「私、ヨルムと一緒に居たくても、何も出来ないよ。こんな風に家を建てられるわけじゃないし、ラシルみたいに服を作ってあげられるわけでもない。リヴみたいに何かを学ぼうとしているわけでもないし……」
「レイヤ様は、ヨルム様を癒せるじゃありませんか」
レイヤは今朝のヨルムの姿を思い出す。
「それがなくなったら、どうしよう」
生け贄としての責務はもう終わっているとヨルムは言った。しかし、子供の姿の彼には、彼を癒す力が必要だ。レイヤはその為に居る。しかし、ヨルムが大きくなれば、ヨルムはレイヤを傍に置く必要がなくなるのだ。
今朝のヨルムは、昨日より成長していた。彼がレイヤの力を必要としなくなる日は近いのではないか。
「ヨルム様は、レイヤ様が傍に居たいと願えば、ずっと傍に置いてくださいますよ」
リヴの言う通りなのは、レイヤもわかっている。あの優しい神は、レイヤの頼みを断ったりしないだろう。ただ、それは単なる甘えだ。人々の信仰を集める神の傍に置いてもらおうと思うのなら、それだけでは足りない。ヨルムの傍に居て、レイヤは彼の神としての役割の多さを実感していた。
「疲れていると、気分も滅入りやすくなりましょう。今日はお出かけをやめるよう、ヨルム様に相談いたしましょうか?」
「えっ?だめだよ。急ぎの用事があるんだ」
ロキの為にシギュンが使う器を探さなければならない。それは、この国を悩ませる地震を終わらせることに繋がるのだ。この土地の神としての大事な仕事なのは間違いない。
いけない。
自分が今、悲観的な言葉ばかりを口にしていたことにレイヤは気づき、自分の頬を叩く。
「大丈夫。全部上手くいく」
先の不安ばかりを口にしていても仕方ない。まずは、目の前のことに取り組まなければ。
「ごめんね、心配かけて。ありがとう、リヴ」
「いいえ。お力になれたようで何よりです」
リヴは優しく微笑んだ。誉れ高い第一の騎士は、他の騎士からも慕われる存在だったに違いない。落ち込むレイヤを、ここまで優しく勇気づけてくれたのだから。
「そういえば、ヨルム、遅いね」
「そうですね。そろそろ戻られる頃かと思いますが」
「どこかで倒れてたりしないかな」
リヴが笑う。
「まさか。ここはヨルム様の森です。自分の家と言っても差し支えない場所で、危険なことなど起こりはしませんよ」
「そっか」
ヨルムは、どこからでも、あの不思議な扉を使って帰って来ることが出来るのだ。
「もしかしたら、もう家に帰ってるかな」
「その可能性もありますね」
「じゃあ、家に戻ってみる」
レイヤが家に帰ろうとしたその時。大きな鷲が、レイヤの方めがけて飛んできた。
「危ない!」
リヴはレイヤをかばうようにレイヤと鷲の間に入ると、剣を抜いて鷲に斬りかかる。しかし、鷲は軽やかにリヴの攻撃を避けると、そのまま飛び去った。
「今の鷲は……」
「ヨルム!」
レイヤは、森の中から歩いてくるヨルムを見つけて、真っ直ぐヨルムの方に走って行った。
「レイヤ様、」
レイヤにもう危険はないのか。リヴは飛び去った鷲を目で追ったが、その姿はすでに点となり、もう一度こちらに来る様子はなかった。
「レイヤ」
レイヤは、ヨルムを抱きしめた。
「大丈夫?ヨルム。途中で倒れたりしなかった?」
「そんなことを心配していたのか」
ヨルムが笑う。
「平気だ。食事は終わったか?」
「うん。今日はラシルが洗い物を手伝わせてくれたんだよ」
「レイヤは働き者だな」
「違うよ。本当に、それしかしてないんだ。起きるのも遅かったし……」
その原因が自分にあることをヨルムは知っている。
「昨日は無理をさせてすまなかった。今日は夕飯までには帰ろう」
「でも、器を早く見つけなきゃ」
「心配ない。当てもある。準備ができたら、出発しよう」
「わかった。準備してくるね」
レイヤは元気に家の方に駆けていった。ヨルムがレイヤに触れることで癒されるように、レイヤはヨルムに触れると元気になるらしい。
レイヤの姿を見送って、ヨルムはリヴの方を見た。
「剣を抜くようなことがあったのか?」
「大きな鷲が、レイヤ様めがけて飛んできたのです。斬り落とそうとしたのですが避けられました。少し、腕が落ちたのかもしれません」
大きな鷲ならば、オーディンに違いない。
「腕が落ちたのではない。そいつはレイヤを狙う化け物だ」
「化け物?ただの鷲ではなかったと?」
「そうだ。レイヤを守ってくれてありがとう。また来るようだったら、次こそは斬り落としてくれ」
「はい。お任せください」
敬愛する神の頼みごとを、リヴは姿勢を正して承った。
※
支度の終わったレイヤと共に、ヨルムは扉を使ってドヴェルグの工房に来た。
レイヤは初めて見る小人に目を丸くした。小人の背丈は、ヨルムと同じか、それより少し小さい。しかし、その顔は明らかに大人、あるいは老人のように皺のある顔だちをしている。
「ナッビ。久しいな」
ヨルムが知り合いのドヴェルグに声をかける。作業中の小人は、ようやく突然の訪問者に気づいたようだ。
「ヨルム様じゃないっすか。なんです?またフレイヤが無理難題を押し付けてきたってわけですかい」
ナッビは自分の手を動かしながら話す。こちらを見る気はあまりないようだ。
「違う。今回は、私からお前に頼みがあってきた」
「ほう。珍しいじゃないっすか。是非ともおいらに任せてくだせえ。剣でも槍でも盾でも首飾りでも。どんなもんでもいけやすぜ」
「器を一つ作ってほしい」
「器……?んなもん、人間に作らせときゃあ良いじゃないっすか。それか、おいらが失敗したやつがその辺にころがってらぁ。好きなのを持って行ってくだせぇ」
レイヤは工房を見渡した。確かに、この部屋は失敗作らしい銀や金で出来た器らしきものがころがっている。どれも、器として辛うじて使えるか、使えないかといったものばかりだが。
「人には無理だ。欲しいのは猛毒を貯めこむことのできる器。毒で溶けることのない、完璧な器を探している」
「ほぅ。また変わったもんを欲しがりやすねぇ。毒を飲みたがるような奴が居るんっすか?」
「毒を汲みたがる奴がいるのだ」
「ヨルム様の血を欲しがるってわけですかい?ふむ、そいつぁ人間には、まかせられねぇなぁ。まぁ、毒ってのは銀と戦う性質だ。どんな毒にも負けない銀を作ってみるとしやしょう。そいつを器の形に仕上げりゃあ完成だ」
「どれぐらいで完成する?」
「なんの変哲もない器でよけりゃあ、そこでちょっと待っていただく間にちゃちゃっと仕上げてみせやすよ」
「仕事が早いな。装飾は特に求めていない。対価には何を支払えば良い?」
「そうっすねぇ」
悩みながらも、この小人は常に手を動かして何かを作っている。
「一つ、おいらの頼みも聞いてくれやせんかねぇ」
「頼み?何か困っていることでもあるのか」
「相棒のダーインの奴が、ちょっと病にかかっちまいやしてねぇ。あいつもこれじゃあ、仕事にならないってんで、今は休業中なんす。ちょっと見に行ってくれやせんかねぇ?」
「良いだろう。その病を治すことが対価か?」
「いやいや、そういうんじゃないんっす。ただ、ヨルム様が顔を出してくださるだけでもう」
意味が分からないが、どうせ器が出来るまでの間、暇になるのは確かだ。
「良いだろう。ダーインの居場所を教えてくれ」
「ありがとうございやす。ダーインの工房は、うちの隣っすよ。って言っても、歩きますがね。この部屋を出て、左にずーっと道なりに歩いた最初の部屋っすよ」
「わかった。レイヤ、行こう」
「うん」
ヨルムとレイヤはナッビの部屋を出て左の道に入った。小人の通る道となれば、その高さは低い。レイヤは身をかがめて歩かなければならなかった。
「大丈夫か?レイヤ」
「うん。なんとか」
二人は先の見えない暗い道を歩き続ける。二人で歩く分には、ヨルムの輝きがあれば十分だ。レイヤのセイズは必要ないだろう。
「どれぐらい遠いんだろうね」
「ナッビは少し歩くと言っていた。帰りは、私の扉を使って戻ることにしよう」
その方がありがたいとレイヤは思った。そして、先ほどの小人の言葉を思い出す。
「ヨルムの血って、毒でできてきるの?」
「そうだ。あらゆる毒の元であり、あらゆる毒の成分を含む強力な毒だ」
「痛くない?」
ヨルムは笑う。
「毒で痛みを感じることはない。私がロキの立場だったなら、滴る毒で地面を揺らすことなどないだろうな」
「だめだよ、そんなの。ヨルムが繋がれたら、私がヨルムの顔をかばってあげる」
「私のためにレイヤが傷つくことはない」
「でも……」
「昨日の夜のように、私を抱いて寝てくれるだけで良い」
昨日の夜のように?レイヤには思い当たる節がない。
「レイヤは一晩中、私を抱いて寝ていただろう。おかげで、今日はとても調子が良い。レイヤの言う通り、触れ方で変わるのかもしれないな」
「そうなの?」
「まだ推測の域を出ないが。明かりが見えるな。あれがダーインの工房か?」
小人の部屋に扉はない。ヨルムとレイヤは、光の漏れる部屋を覗き込んだ。中には小人が一人居る。
「ダーインか」
「誰だ。俺は今、休業……。ヨルム様っ?」
こちらを向いたダーインは、驚き過ぎて座っていた椅子から転げ落ちた。
「大丈夫か?」
「何故、こんなところに。いや、こっちに座ってくだせえ。そっちの巨人もどうぞこちらに」
巨人と呼ばれてレイヤはショックを受けた。
「巨人ではない。レイヤは人の娘だ」
「そりゃあ、失礼いたしやした。さぁ、お茶でも入れましょう」
勧められた椅子にヨルムは座る。レイヤは自分が座っては壊れたりしないかとひやひやしたが、頑丈な造りの椅子は、とても座り心地が良い。
「すごいね。これもあなたが作ったの?」
「自分のものは自分で作る。工房のドヴェルグは皆そうっすよ」
「今は何を作っているの?」
「なーんにも。今は、何も作る気が起きないんっすよねぇ」
「病気だから?」
「病気?おいらが病気に見えるって?」
「そうは見えないけど」
「人間の娘ってのは、変わったことを話しやがる」
「ごめんなさい。変なことを言って」
ダーインは甘い香りのする飲み物をレイヤとヨルムにふるまった。
「まぁ、これでお相子でさぁ。おいらも、さっきは少しひでぇことを言っちまったからな。良く見れば、なかなかの別嬪さんだぁ。前のヨルム様のお姿にゃあ負けちまうが」
「前のヨルムの姿?」
「そりゃあ、輝くほどに美しい娘の姿をしておりやしたよ」
「娘?」
娘という言葉が指すのは、女性だ。
「ヨルムは男の子だよ」
「今はそのようっすねぇ」
「え?どういうこと?」
レイヤがヨルムの方を見ると、ヨルムが頷く。
「言っただろう。男の姿の化身が必要であれば、生け贄に乙女を選ぶ。逆の場合もあるということだ」
「男の人が生け贄だったら、女の子になるの?」
「その通り。以前は女の姿だった」
レイヤは、ヨルムの部屋のクローゼットの中身を思い出した。あそこにあった女性用の衣類は、ヨルムのものだったらしい。
「女の子なら、私より背が低いんだよね」
ヨルムが眉をひそめる。
「大して変わらないだろう」
「いやいや、この娘の方が大きいっすよ」
「こんな狭いところでは、背の高さを正確に把握することなどできまい」
珍しく真実を否定するヨルムに、レイヤは思わず笑う。クローゼットの中身を見ていたレイヤは、女性の姿をしたヨルムの身長がわかる。小人の発言は正しいのだ。
「あぁ、でも、ヨルム様のお顔を見て少し元気になりやした。おいらも何か作ってみることにしやしょう」
ダーインは立ち上がると、炉に火をつけた。
「やる気が出たようで何よりだ」
ヨルムは、レイヤに自分に出された茶を勧めた。レイヤは空になった自分のカップとヨルムのカップを入れ替えると、甘い茶を飲み干した。
「ダーイン。私たちは、そろそろ行く」
「ヨルム様。土産の一つぐらい持ち帰ってくだせぇ。そこに並んでるおいらの剣を、一つ差し上げやすよ」
小人が示した方には、たくさんの剣が並んでいる。ダーインは、剣を打つのが上手い小人のようだ。
「レイヤ。好きなものを選ぶと良い」
「えっ?ヨルムが貰うものだよね?」
「私は剣は使わない。私の為に、レイヤが貰ってくれ」
「良いの?ダーイン」
「構いやしやせんぜ」
レイヤは、自分が扱えそうな剣を一つ選んだ。大きめの片手剣だったが、それは見た目に似つかわしくないほどに軽かった。
「それで良いか?」
「うん」
「ダーイン。これを貰っていく」
「どうぞ、持って行ってくだせぇ。ただし、気を付けるんっすよ。おいらの作った剣ってのは、正当な持ち主以外が抜くと、呪われるようにできてやすから」
「えっ。そうなの?私が使っても大丈夫?」
「そいつぁ、おいらがヨルム様に託したものでさぁ。ヨルム様の許可があれば良いってわけっすよ」
しかし、レイヤは少し怖くなった。
「抜いてみても良い?」
「もちろんでさぁ」
レイヤは、剣を抜いてみた。
輝くほどに研ぎ澄まされた剣は、特に呪われている様子はない。むしろ、レイヤの手にしっくり馴染む。
「綺麗な剣。抜いただけでこんなに輝く剣なんて初めて見る」
「ドヴェルグの技を人間と比べられちゃあ、困りますぜ。お嬢さん」
「そうだよね。ありがとう、ダーイン。ヨルムの為に、大切に使うね」
「そいつぁ良い。頼みやすぜ」
小人は、楽しげに鍛冶を続ける。
「古い剣は置いて行っても良い?」
「構いやしませんぜ」
「ありがとう」
レイヤは古い剣を立てかけると、新しい剣を腰に下げた。
「よろしくね」
レイヤは、何故か剣が応じたような気がした。
※
レイヤとヨルムは、ヨルムの扉を使ってナッビの工房に戻った。
「ただいま」
「おかえりなせぇ。ヨルム様。……おや。そっちのお嬢さんが持ってんのは、ダーインの剣っすか?」
「お土産にもらったの」
「あいつぁ、また鍛冶を始めたようですねぇ。ありがとうございやす。ヨルム様」
「私は何もしていない」
「いえいえ。十分になさってるんっすよ。おいらたちにも信仰はあるんでさぁ。神が直接いらっしゃったとあれば、精が出るってわけっすよ」
ダーインは、信仰する神と会って力が湧いたらしい。
「私は鍛冶や火を司ってはいないぞ」
「大地の神ってのは、そこに生きる者に恵みをもたらす存在っすからねぇ」
「ヨルムは人気者だね」
「そういうわけっす。さぁ、ヨルム様。器を受け取ってくだせぇ。こいつぁ、どんな毒が入ってもびくともしない器でさぁ」
「ありがとう。ナッビ。ドヴェルグの財産の足しになるかはわからないが、これを貰ってくれ」
ヨルムは、ナッビに宝石を差し出した。
「いやいや。ヨルム様はおいらの願いを叶えてくださった。そんなものは頂けないっす」
「私を他の神のように、ドヴェルグをタダ働きさせる神にしたいと言うのか。神への捧げものでなければ、対価を払って得るのは当然だろう。これは置いていく。ダーインと共に、これからも鍛冶に励むと良い」
「ヨルム様。あなたはドヴェルグまでも魅了する素晴らしい神でさぁ。これはおいらの信仰心に変えてお返ししやす。どうかお達者で」
「ありがとう。ナッビ」
「さようなら」
ヨルムは、レイヤの手を引いて壁に手をついた。そして、扉を開いた。
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