04 灯火
部屋の中は薄暗い。
「レイヤか」
「うん」
レイヤが答えると、部屋のランプに明かりが灯った。この部屋には明かりを灯す道具があるらしい。
レイヤはベッドの中で布団にくるまっているヨルムの傍へ行くと、彼を撫でる。
「苦しいの?」
「新しい体に馴染むには少し時間が要る」
さっきのように抱いてやれば楽になるのだろうか。
レイヤはベッドの上に座ると、ヨルムの頭を膝に乗せた。ヨルムの表情は病人のように辛そうだ。しかし、レイヤが彼に触れる度に、症状は改善されていく。
「私には、あなたを癒す力があるの?」
「ある」
「生け贄だから?」
「レイヤによって、この体が存在しているからだ」
「どういうこと?」
「この体は、レイヤのつがい。生き物とは不完全な存在だ。新しい命を生み出す為には、対になる命が必要になるだろう。しかし、不完全であるが故に、完全にする為の半身を作り上げることも可能だ。人間の男の体が欲しい時は、生け贄に人間の女性を選ぶ。この体は、レイヤの半身だ」
生け贄が乙女である必要があったのは、ヨルムが男性の姿を必要としていたかららしい。レイヤは、その条件を自分が満たしていたのか少し不安になった。
「今、私は必要な力を本体から化身であるこの体に移しているところだ。しかし、そのバランスをとるのは非常に難しい。半端な存在である人間が持てる力の上限などわずかだ。力が過剰に溢れ出せば苦痛として現れる。しかし、つがいとなるレイヤがそばに居れば、完全な存在となれる。引き出した力も上手く仕舞い込めるというわけだ」
ヨルムの本来の姿は、大陸を取り巻く巨大な蛇。その大きな力を、この小さな体に押し込むのは無理があるだろう。
彼は、自らの力の大きさによって苦しんでいるらしい。
「私がくっついていれば楽になれるってこと?」
「その理解で十分だ」
それならば、四六時中共に居た方が良いということではないか。食事の間、別の部屋に居ただけで、ここまで苦しむことになっているのだから。
「くっつき方でも変わる?」
レイヤはヨルムの体を引き寄せ、抱きしめる。
「それを試すより先にやるべきことがある」
「やるべきこと?」
「本来なら、私は人間の大人の姿となるはずだったのだ。それが、何故か子供の姿となってしまった。この原因を究明し、成人の体を得るのが先だ」
「失敗したってこと?」
「わからない」
先程の不安がレイヤの頭によぎる。
「もしかして、私が女の子っぽくないから?」
「どういう意味だ?」
「私、女の子に見えないぐらい大きいし、力ばっかりあって不器用だし……」
「レイヤは女性だ」
「でも……」
こんな自分が、本当に生け贄として適切だったのか。
レイヤは、自分が大柄で背の高いことを気にしていた。
小さい頃から一番上の兄よりも背が高かったのだ。どこに行っても大女と馬鹿にされたし、男のような女と罵られることも多かった。両親までもが、ここまで粗雑で器量が悪ければ嫁の貰い手が居ないと嘆いたものだ。
しかし、下の弟妹たちは、いつも自分を守ってくれるレイヤの存在を慕っていた。レイヤに冒険者という道を進めたのもこの子たちだった。弟妹は、吟遊詩人たちが褒め称えるような強く優しい存在と、レイヤの姿を重ね合わせていたのだ。力も強くタフな彼女ならば、荒っぽい冒険者たちに混ざってもやっていけるはずだと。危険が付きまとうものの、小さな村で差別的な扱いを受けながら生涯を終えるよりは、冒険者になる方がよほど幸せだろうと考えたのだ。
そして彼女は、両親と領主から旅立ちの許しを得て冒険者となった。
冒険者たちの中でも女性として扱われることはほぼ無かったが、それでもレイヤは自分の体格や力が好意的に受け取られる環境を嬉しく思っていた。
だから、女として生きることは捨てていたのだ。
ヨルムが彼女の頬に触れる。
「嘆くな。美しい顔が台無しだ」
「本当にそう思ってるの?」
「レイヤは美しい。そうでなければ私は自分のつがいとしては選ばない」
断言するように発せられた言葉に、レイヤは頬を染めた。レイヤは、その言葉を素直に嬉しく思った。しかし、これまで面と向かって賛辞されることなどなかった彼女は、このような状況に慣れていない。
「理解したか?」
レイヤは頷く。彼女には、それが精いっぱいだった。
「今日はこのまま休む。レイヤは、この体をそばに置いて寝てくれ」
「ここで寝ても良いってこと?」
「そうだ」
ベッドで眠るなど、どれぐらいぶりだろうか。しかも、このベッドは柔らかく上等なものに違いない。
「この部屋にあるものは、すべて自由に使って構わない」
そう言うと、ヨルムは目を閉じた。小さな寝息を聞きながら、レイヤは安らかに眠るヨルムの顔を見つめる。神も眠るらしい。レイヤはヨルムの体をベッドに寝かせると、立ち上がって部屋を見回した。
自由に使って良いと言われたが、レイヤが使うようなものなど置いているだろうか。レイヤはランプを見る。このランプ一つでは、この部屋のすべてを照らすには足りない。このランプよりも明るい光を出せるランプがあれば、便利だろう。
レイヤは、ランプを片手にランプを探すことにした。
ランプに照らされた部屋は、散らかっているとまでは言わないが、埃を被ったものも多い。隣の部屋は、あんなに綺麗に片付いていたというのに。リヴとラシルはこの部屋の掃除は請け負っていないらしい。
部屋の入り口から見て、右手にベッド、左手に机がある。机の隣には本棚、棚と並んでいて、ベッドの隣にはクローゼットのようなものがある。その先は、このランプの明かりでは見えなかった。
一見して、人が使う部屋のようだが……。
机の上を見ると、何かの作業途中であるかのように本や紙が散乱していた。椅子も誰かが座った形跡を残している。レイヤが食事中、ヨルムは何かしていたようだ。しかし、机に広げられたノートはレイヤの知らない文字で書かれている為、読むことは出来ない。知っている文字で書かれた本もあるが、細かい文字の羅列は彼女の頭には入ってこなかった。
レイヤは本が綺麗に並ぶ本棚の前を通り過ぎ、埃の被った置物が並ぶ棚を見た。複雑な形をした置物が並んでいる。何かに使う道具かもしれないが、レイヤにはわからない。ここには、明かりを灯す為の道具はなさそうだ。
引き出しを開くと、まばゆい宝石が目に飛び込んできた。こんなに大ぶりな宝石を彼女は見たことがない。見てはいけない物を見たような気がして、彼女は慌てて引き出しを閉める。
自由に使って良いと言われたものの、無暗に開けるのは失礼か。どうせ小さな引き出しには、ランプなど入っていない。
レイヤは部屋の奥へと進んだ。そこには何もなく、ただの壁しかない。しかし、素材は木ではなく土のようだ。確か、レイヤが食事をした向こうの部屋は、木で作られていたと思ったが。この家は、変わった造りのようだ。
棚の向かいには、ベッドに並んでクローゼットがある。レイヤは、クローゼットを開いた。そこには、成人の男性が着るような服が並んでいる。しかも、着古したものだ。学者や魔法使いが身につけるような造りの服は、がたいの良いリヴが好んで着るものではない。だとしたら、これは部屋の主のものだ。
しかし、彼は先ほど人の姿を得たばかりではなかったか。
レイヤは不思議に思ったが、そもそもヨルムは、人間の生け贄があればいつでも人の姿を得ることが出来るのだ。長い歴史の中で、レイヤのように彼の生け贄を希望した女性が居てもおかしくない。他にも人の姿をとっていた時期があるのだろう。そうであれば、この部屋の造りにも納得がいく。ここは、人の姿をしたヨルムが使う部屋だ。
もう一つクローゼットがある。そちらを開くと、今度は女性の服が入っていた。服の系統は男性用のものと同じだが、サイズはやや小ぶりのようだ。どれも、背の高いレイヤでは着られない。一緒に住んでいた女性が居たのだろうか。レイヤは身に着けている防具とマント、剣をクローゼットに仕舞うと、ヨルムの元に戻った。
クローゼットには、少年の為の衣類はなかった。長い歴史の中でヨルムが何度人の姿を得たのかはわからないが、このような事態になったのは初めてのことなのだろう。
そういえば。
レイヤは、もう一度部屋を見回す。この部屋には、あるものがない。壁を見ても、天井を見ても、どこを探しても。
この部屋には窓がない。
外と繋がっているのは、レイヤが入って来た扉一つだけだ。これでは、ランプの明かりを消せば真の闇が部屋を覆ってしまう。そう考えた後、レイヤは部屋に入った直後のことを思い出した。ヨルムがランプに明かりを灯す前、ここはヨルムの居場所がすぐにわかる程度に薄く明るかったはずだ。
レイヤがランプに息を吹きかけて明かりを消すと、浮かび上がった微かな明かりが部屋を照らした。思った通り、ヨルムが淡い光で輝いていた。優しい光はレイヤを安心させた。彼が居る限り、レイヤも暗闇に恐怖を抱くことはなさそうだ。
しかし。
ヨルムは、本当に自分のせいで小さくなったのではないのか。
自分は生け贄として相応しかっただろうか。自分は乙女と言うには、あまりにも女らしくないというのに。
その思いはまだ彼女を悩ませるが、今は彼の言葉を信じることに決め、彼女は優しい神の化身の隣で眠りについた。
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