第62話

「…アカネ、言ってたわ」


長い沈黙を破って、

羽織っていた

黒いコートの裾で

涙を拭きながら


加奈が言った。


「『木口くんと出逢ったのは

私のたった一つの運命だった』


って。


たくさん

思い出をくれたって。


それだけで

生きていける気がするって。


あなたと別れた時、

電話でそう言ってた。


特に誕生日の日の事

なんて

もう耳にタコだわ。


セリフ一つ一つだって

私覚えちゃったもの。


なんなら

言ってあげましょうか?」


僕と加奈は

ようやく少しだけ笑った。



「だから…」


と、言いかけて

加奈は口を噤んだ。


握りこぶしにギュッと

力が入っているのがわかる。


「だから?」


僕は促すように

繰り返した。


「だから…、


後悔だけはしないで

あげてほしい。


出逢った事に

謝ったりしないでほしい。


そんな事したら、


アカネは今でも


孤独と戦わなければ

ならないでしょう?」

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