憎しみ

第37話

鈍い音が響いて、ただ、荒い息が残った。







手のひらに広がった感触に、瞳を強く閉じる。



ガシャっと耳の奥をつんざく金属音が響いた。






そっと、瞳を開く。





俯いた世界に飛び込んできたのは、落ちた刀。



そして、ぱたぱたと音を立てて散る鮮血。




鮮やかな、赤。





この指先まで伝って、赤く染めて散っていく。




ぐらりとその体が揺れて、刀ごと持っていかれる。



けれど堪えて刀から体が抜けるのを待った。





ぞっと、両手から背筋に寒気が走る。






この感触を、身に刻む。



人を殺した感触を、身に。







音も無く床に滑り落ちたその体を、上から見つめる。







息が、まだ荒い。



荒いけれど、何とか押し込めて、唇を真一文字に結ぶ。







「・・・ごめん」






小さく呟く。




すると、その唇が、弧を描く。



そっと。






「・・・そう言うところ・・・姫に・・・そっくり・・・です」






ふふっと、笑う。



苦しい、はずなのに。




一撃で、と思っていたのに、結局苦しませている。





ごめんね、ともう一度胸の中で想う。






赤が、広がっていく。



その体から、命が抜けていく。






「・・・どうか・・・」






隆貞さんはその赤を見つめながら、呟く。






「どうか、安王だけは・・・あの子だけは・・・助けて・・・下さい」






やすおう?



意識が、朦朧としてきているのはわかった。



もう、これ以上苦しませたくない。





そう思って、刀を振り上げる。





振り上げるけれど、隆貞さんは嫌だと言うように目で俺の刀を制する。






「・・・最期まで・・・そこで見ていてください・・・私の命が・・・消えるまで・・・」






それが、俺の罪。





ぐらりと体が揺れる。



自分とて、苦しいはずなのに。




痛いはずなのに。





その命を早々に摘んでしまおうと思ったのは、俺の弱さ。






この光景を、見ていたくなくて、


自分の罪を理解したくなくて、




そうやって逃げようとしていた。





この、命から。

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