第36話

くそ!と思う。




初めから、この人は俺を殺すつもりだった。



快諾して俺を家に上げたのも、きっと俺に会ったらそうしようと決めていたから。






「貴方様の存在は、私がここで消してしまいましょう。雛鶴姫に怨まれたとて、結構」






鹿だ、と思う。




刀を弾き返して距離を取る。





その動き、渓谷を駆ける、鹿だと。





しなやかで、優雅。



何の無駄な動きも、存在しない、その太刀筋。






この人、かなり強い。






「貴方様も、何かお伝えになることはありますか?」






そっと微笑んで、そう言う。



その笑顔に、ぞくりと背が鳴る。







「何か、言い残すことはございますか?」







本気だ、と思う。





この人は、



何にも生きることを諦めてなんかいない。






これが、正しい歴史?




死ぬのは、隆貞さんのはず。



はずだけれど、俺にはそう思えない。





本当は死ぬのは俺なんじゃないかと、思わせるその圧倒的な強さ。






「・・・ないよ」






鉄の悲鳴の間に、そう呟く。




「何か、ございますでしょうに」




姉ちゃんに?



そっと微笑む。





「何もない。何も」






誰にも関わらずに、生きていけたらきっと幸せなのだと思う。


冷徹にただ、淡々と歴史を進めていければいい。



何にも、煩わされることなく。





そうなりたいと思うけれど、



俺は、無理だ。





温かいものに対する、希望を捨てることなんて出来ない。


自分自身のことも、諦められない。






「生きるのは、俺だから」








ここで、生きていくのは、俺だから。



この時代に染まって、生きていくのは、この俺だから。

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