第34話

「・・・ようやく、この時代で生きていくことに目を向けてくださったと思ったのに・・・」





呉羽の瞳から涙が散った。



ばらばらと。





「それが、譲れないことだとしたら、隆貞様は、私が殺します」





「呉羽、俺がやる」



「いいえ!!言ったでしょう?貴方様がやることではないと!!」




「いや、俺がやる」





呉羽の言っていることはよくわかっている。



東湖さんをこの手に掛けたら、俺がさらに黒に沈むと。




それは、前を見始めた俺にとって良くないと。






「大和様!」




呉羽から離れて歩き出す。


前をじっと見て。




今の自分が中途半端だってわかっている。




こうやって日々葛藤している最中だってわかっている。






できることならこの時代に同化して、


そうやって温かいものに寄りかかって生きていけれたら、


それはどんなに、



どんなに幸せなことなんだろうね。





とぼとぼと、そんなことを考えながら、暗い廊下を行った。









「・・・驚きました」




ふふ、とその人は笑った。



そうは言うけれど、微塵も驚いていないことはわかっている。




「まさか、師直様がいらっしゃるなんて」





にこりと、微笑む。





俺は、四条家に来ていた。



会いたいと申し出ると、隆貞さんは快諾してくれた。






呉羽が不機嫌そうに付いてきたけれど、部屋には入れさせずに牛車の中で控えている。



部屋には、俺と隆貞さんの二人きり。





「・・・今日は、高師直ではなく、桜井大和として来たと思って下さい」





師直ではなくて、大和が。



それを聞いて、そっと微笑んで頷いた。




やっぱり、目だけ冴えたまま。





「・・・雛鶴姫の、弟君として、お越しになられたと」






桜井千鶴子の弟として。




こくりと頷く。



それを見て、隆貞さんは俺から目を離して遠くを見つめた。







「・・・私を、殺しに来たのですね?」







静かにそう言った声に、心臓が飛び跳ねた。



気付いている、と思って。




少し目を見張ったけれど、慌ててすぐに細めて笑う。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る