鹿
第33話
「な、何を考えておりまするっっ!!」
呉羽は悲鳴に近い声を上げた。
「言った通りだよ。四条隆貞を、東湖さんを殺す」
殺す。
この手で。
「これも、歴史なんだよ、呉羽」
そう言うと、呉羽は苦い顔をする。
「・・・そうかもしれませぬ。隆貞殿がここで命を落とすのは、歴史かもしれませぬ!!けれど、けれど!!」
お説教は充分だよ、と思ったけれど、止める前に呉羽が叫んだ。
「貴方様がやるべきことではないでしょうに!!!」
俺が、やるべきことでは。
本当に、そう思う。
思うけれど、どうしてもあの人の命は俺が断ち切っておきたい。
言葉なんぞ、ほとんど交わしてはいないけれど、
自分が少なからず、いや姉ちゃんが関わってきた人は、できれば俺の手でその命を摘んでおきたい。
「そうやって、また黒に沈もうとしている・・・!!大和様はそうやって、罪を重ねて御自分をさらに黒に沈ませるっっ!!」
黒に沈んで、周りを遮断して。
触れた温かいものを、忘れようとする。
「・・・そうやっているのが、正しいのだと、信じているのですか・・・?」
一人で、生きていくのが。
そうやって、誰のことも信じずに、ただ姉ちゃんを大塔宮様を憎んで生きていくことが。
孤独に。
700年後のことだけ考えて、そうやって今この場所で生きている俺自身の未来も見ないまま。
「誰とも関わらずに生きることなどできないと、もうとっくに気付いているくせに!!」
はっと、息を飲む。
「気付いているから、私を抱いた!!そうでしょう?!」
「く・・・」
「貴方様とて、人間。一人で孤独に生きていくことなんて、できないと知っているでしょうに!!」
俺だって、人間。
俺だけ異質な存在だとしても。
誰も、一人きりで生きていけるわけがない。
温かいものに触れずに生きていけるわけがない。
例え、七百年前の世界でも。
俺は相違なく、人間なのだから。
そんなこと、知っているよ。
痛いくらいに、痛感している。
真白や、
呉羽が、
尊氏や、直義が、
傍にいてくれないと、寂しさで自分を保っていられないと知っている。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます