はじまりの場所

第21話

「・・・ここは?」





牛車の中の物見の小さい窓から覗く景色を見て、呟く。



自分の唇から漏れる息が、荒い。




心臓が、壊れそう。






「ここ?ああ、鶴岡八幡宮だ」






つるがおか。



つるがおか、はちまんぐう。






八束さんが覗き込むようにして教えてくれて、ここがあの鶴岡八幡宮だと知る。



朱塗りの豪華な神社。




700年後まで続く、この鎌倉の象徴。





途端にまぶたの裏に蘇る、あの夏の日。



夏の、鶴岡八幡宮。






「雛鶴姫?」





直義さんが私の名を呼んだ。




「どうかいたしましたか?姫?」





とん、と、肩に振動が走る。



それが、合図。





「姫っ!!!」






牛車の後ろに付いている、御簾を跳ね上げて、本来入り口である場所から飛び降りる。



人が走ったほうが速いくらいの牛車から飛び降りても、難なく着地できる。




足が地に付いたと思ったら、駆け出していた。




鶴岡八幡宮を横目に。





「雛鶴姫っっ!!!」






慌てたように、牛車が停まる音がする。


牛車なんかで移動してたら、遅い。



頬を、涙が滑って散っていく。



はらはら、はらはらと、花が散るように、風に乗って散っては消えて行く。






護良様。




何て、天は無情で、無慈悲なのか。




ただ、共に生きたいと願っただけなのに。




この感情ですら、運命だとでも言うのかしら。



21世紀のあの日から、全てこれも歴史だったとでも言うのかしら。


700年後まで連なる正しい歴史だったとでも、私の前で誰かが言っているかのよう。




神様の手のひらの上で、ただ遊んでいたみたい。




面白おかしく、その指先でただ転がされていただけなのかもしれない。




私も、彼も。





吐き気がする。



何て、酷い、運命だと思って。







雪が所々に落ちている。



光が雪に反射して、目の奥を焼いて痛い。




ねえ、貴方は今どこにいる?




このギンノクニのどこにいるの?






あの場所であっては欲しくない。


あの場所にいて欲しくない。






護良様。



会いたい。



どこにも、行かないで。



置いてなど、行かないで。

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