第14話

「・・・ここに来るといつも、鎌倉まであと少しだと思うな」




八束さんが笑った。


まだ遠いけれど。



山肌が空の青を写し取ったように青い。




富士山だ。




心臓が、ぎゅっと収縮する。



もうすぐ。



もうすぐ会える。



彼に会える。




会いたくなってたまらなくて、ただただ睨みつけるように富士を見つめる。




「行くぞ、月子」



「・・・うん」




促されて、唇を噛み締めながら足を前に出した。








どんどん、富士山が目の前に迫ってきて、ついにその横を通り過ぎていく。




「・・・変な形」



「何か言ったか?」





八束さんが馬上でぼろりと唇から落ちた私の言葉を拾って、首を傾げた。




馬の蹄の音で聞こえないと思ったけれど。





「・・・ううん何でもないわ。圧巻ね」





ふふっと笑う。





これは本当に富士山なのかしら。





遠目に見たときはよくわからなかったけれど、近くに寄ったら私の知っている富士山と少し形が違う。



恐らく、この後700年の間に、噴火したりして少しずつ形が変わっていくのだろう。




じっと見て、700年がどれだけ長い時間か思い知る。





どれだけ果てしない時間の向こうに、自分が生まれた時代があるのか再確認する。





圧巻。



本当に。





この山は、いつの時代でも、余りの大きさに畏怖する。



ぶるりと、震えた。






富士山を背にして、さらに東へ行く。



箱根越え。



険しい山々が連なっている。




「山は得意なのか?」





宗忠さんが不意に尋ねてきた。



少し笑って頷く。





「十津川や熊野の果て無し山脈に比べたら、まだいいわ」






終わりがないかもしれないと錯覚してしまいそうなほど連なる山々は、熊野だけで充分。




「箱根を越えたらあと一日も掛からずに鎌倉に入れる」





呟くように、宗忠さんが言った。



いつも通りあの胡散臭い笑顔を湛えているのかしらと思って不意に見たら、前方をじっと見て、にこりとも微笑まなかった。




その横顔をじっと見つめる。





宗忠さんは、少し俯いて無言でそのまま数歩前に行って離れる。




何だか、らしくなくて戸惑うけれど、何となく尋ねることもできずにそのまま私も口をつぐんだ。

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