第9話

「つ、月子・・・気にすんなよ。聞いたのはもう何年も前だ。今は大和様も少し変わられたんだ」




「大塔宮様を選んで、姫は大和様を捨てた。それだけ、だとも」




「宗忠!!もうやめろ!!」


「それはできない。これは姫の問題だ」



これは、私の。


ただその笑顔を見つめる。



優しい笑顔だと思ったのは、私の目の錯覚かしら。



さっきまで、胡散臭かったのに・・・。




「ええ。私の・・・問題だわ・・・」





修復は、不可能な、問題。




願うことしかできない。


大和が幸せになってくれればと、願うことしか私には。





「足利に天下を獲らせることは大和様の意地だと。姫に、大和様が正しかったってわからせるために、と」





それを聞いて、ふっと笑う。



「・・・月子?」




八束さんが不思議そうに眉を歪める。





「・・・大和が正しかったなんて、わかってる」






この歴史はきっと、正しい歴史。



彼が失脚して鎌倉まで追いやられるのもきっと、正しい歴史。






700年後まで続く、美しい数珠の一連。






「何故、笑っておりまする」





宗忠さんの顔から笑顔が消える。


私をじっと見つめていた。





「大和の言った通りに未来が進んでも、大和が正しかったとしても、私はいいの」






――不幸になるよ。




そう言った大和の声が、あの日と同じように耳元でそっと鳴っている。


いえ、あの携帯を切った日から、ずっと鳴っている。



どんなに幸せだって思った日も、終わりなく繰り返して。




そうしてずっと、私に染み付いて鳴っていた。





きっと大和はこの状況のことを言っていたのだと思う。



この状況はきっと傍から見れば、不幸だ。




けれど、私はそうは思わない。


私は、この今の状況が幸せだと信じている。





彼が生きていて、




地面に染み付いて駆けていく、彼の灰色の影を追いかけていくことは幸せだと思っている。






もうどこにも存在しない人なんかじゃない。



教科書の一文になんて、なっていない。






まだ、彼は息をしている。






あんな古ぼけた書物の色に染まった彼じゃない。



何色も、何色も、息を吐くたび、まばたきをするたびに、鮮明に発色して色づいている。



今も、尚。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る