山を越えて川を越えて
第7話
「京の姫君というのは、御簾の内より一歩出れば死んでしまう生き物なのではないのですか?」
八束さんではない男の人が、にこにこ笑いながらそう言った。
笑うと目が開いているかわからなくなるほど、人のいい笑顔。
人柄がにじみ出ているわ。いい人そう、と思わないのは、その言葉がどこか棘を含んでいるような気がするから。
一瞬次の言葉が出てこなくて、ぽかんと口を開けていると、八束さんが笑った。
「こいつは違うんだよ。俺らの想像する姫君とは程遠いんだ。大塔宮様のためなら、戦場すら厭わないからな」
馬上で八束さんは笑って言う。
私は八束さんの馬に一緒に乗せてもらっていた。
当たり前だけど、ものすごく早い。
この分ならあっと言う間に鎌倉へ行けると思う。
きっと、勢いを失わずに彼の手の内に飛び込んで行ける。
「ちょっと八束さん、変なこと言わないでよ」
「変なこと?馬鹿言うな。俺と一緒に下赤坂の戦場を駆けたのは誰だっけ?」
にやにやと八束さんは意地悪く笑う。
うっと思って、思わず口をつぐむと、もう一人の人が、声を上げて笑った。
「なるほど、勇猛果敢な姫君ですね。これはこれはなるほど、京の姫君とは少し違う」
「悪かったわね。私元々姫君なんかじゃないし」
どうせ付け焼き刃。
本物の姫君とは程遠いことくらいわかっている。
いいえ、本物の姫君なんて、理解したくない。
きっと本物の姫君はこういうとき、月に祈ったり、花に涙を濡らしたりするイキモノなのだと思う。
決して私のように、敵陣に飛び込んでいくようなことはしないだろう。
私には慣習も風習も何もわからない。
わからないからこそ、今こうやって鎌倉まで行く決意を決めれた。
私は本物の姫君にはなれないけれど、それでいいと思う。
「ねえ、貴方名前は?私は雛鶴。八束さんは月子って呼ぶけど、好きなほうでいいわ」
私がそう言ったのを聞いて、その人はにっこり笑った。
「では雛鶴姫と御呼びさせていただきます。私は藤原宗忠と申します」
ふじわら、むねただ。
コクリと頷いて、笑う。
宗忠さんも、にっこり笑った。
あの、どこか胡散臭い笑顔で。
完璧な、隙のない笑顔だとは思うけれど。
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