第91話

「・・・それでいいんだよ。それで。大塔宮様のお傍にずっといて。」




「まし・・・。」







「俺にはもう、時間がない。」








「え?」




突然そんなことを言い出した真白くんに首を傾げる。



時間がない?





「姫の傍にいられる時間がない。」







忙しくなると言うことかしら。



いまいちその真意が汲み取れなくて、ただ見詰めることで次の言葉を促す。





真白くんはその視線に気づいているはずなのに、一向に口を開こうとしない。






「・・・何か、あったの?さっき、外で言い合っているような声が聞こえたけど。」







探るように言葉を落とすと、案の定真白くんは目を見張った。





「誰がいたの?大丈夫?」





どうしてそんなに荒れているのかしら。





こんな真白くん、初めて見た。




しげちゃんや、智久さんと、私が原因だとしても本気で言い合うなんて、らしくないと思っていたけれど。






「・・・離れたくない。」







ぼそりとそんなことを呟いた声を聞いて、目を見張る。







「離れたくない!本当は、どこにも行きたくない!!」








その両目から、ぼろりと大粒の涙が散るのを見る。






「ど、どういうこと?真白くん?」






離れる?



どこへも行きたくない?





ぐっと、着物の袖を掴まれる。





直に触れあったわけではないけれど、その振動に息もできなくなる。






「真白くん?」







何があったのかわからないままだったけれど、真白くんのいつもと違った姿に、不安がまた増殖する。




「真白くん。」




二度目に呼びかけた時に、ようやく目が合う。



真白くんは涙を拭うこともせずに、私をじっと見つめる。





綺麗だと思う。





どういうわけか、その姿が。






けれどすぐに瞳に力が入って、その口を開く。

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