第五章 濃支子

会いたい

第88話

「・・・何かしら。」





呟いて、顔を上げる。



じっと庭の奥を見つめた私を見て、飛鳥ちゃんもしげちゃんも首を傾げた。





「何がございましたか?南の御方様。」






飛鳥ちゃんが訝しげに私に尋ねる。



それを視界の端に映したまま、異変を感じた方から目を離さない。






「・・・何か、声が聞こえたような・・・。」





「声?」





「ええ。誰かが怒鳴っているような・・・ううん、悲痛な叫び声みたいな声が・・・。」






聞こえた。



どこから?




この方向は門のほうだわ。





誰か、来たのかしら。






「・・・見て参りましょうか?」





しげちゃんがすぐに立ち上がってそう言った。





「ええ。ごめんなさい。ちょっと気になるの。」





何かしら、この不安。



一気に胸の奥に生い茂って、光が届かないせいか息苦しくなる。




胸の内を喰い荒らす。





しげちゃんが御簾を上げようとした時、廊下の奥から乱雑に駆けてくる音がする。






「あ、顕家様!!なりませぬ!!顕家様!!」






智久さんの声が、その足音を追っている。



顕家様?


真白くん?




何かあったのかしら。





もしかして、大塔宮様に何か?






そう思ったら、いても経ってもいられずに立ち上がる。




しげちゃんはそんな私をその手で制す。





「南の御方様はこちらに。」






抑え込まれるように座らされる。



しげちゃんは、淡々ともう一度御簾を上げる。




その横顔は何も揺らいではいない。



しげちゃんは廊下へ出て、御簾を閉めた。





中には私と飛鳥ちゃんだけ取り残される。





飛鳥ちゃんが不安な顔をしているのを見て、しっかりしなきゃ、と思う。



私の不安が伝染している。





こんなんじゃ駄目だと、跳ねる心臓を抑え込む。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る