第86話

「・・・大塔宮様が将軍職につくと言うことは、足利高氏が鎌倉殿と同じような武家政権を樹立することはできないでしょう。」








その身を失脚させない限り、大塔宮様が将軍職から降りない限り、高氏は次の武家政権を樹立することはできない。





後醍醐天皇の親政がこれから始まるから。






ここで、高氏が不穏な動きを少しでもしたら、軍事力の頂点である征夷大将軍の大塔宮様はそれを名目に堂々と軍を動かせる。





日本が一つに統一された今、武士たちもそのほかの宮家の兵たちも、全て大塔宮様の号令一つで動くことになる。







今現在は大塔宮様は全ての兵力を動かすことができないから、一人抗っているだけであるけれど、




征夷大将軍の任に就けばその状況は一変する。




大塔宮様はその軍事力を余すことなく使いきれるほどの才覚も度胸も持ち合わせている。




そうなった時に、足利にそれを迎え撃つ兵力なんてどこにもない。





親政が失敗し始めて、



武力の要である大塔宮様がその任を離れない限り、





高氏が次の武家政権を行う好機は来ない。








大塔宮様をその将軍位から蹴落とさない限り、



高氏の望む天下はめぐってこない。







「そなたの言うとおりだ。」





後醍醐天皇は、確かに、と深く頷いた。





「大塔宮様も、すぐにその真意を汲み取って京へ御戻りになるでしょう。」






にっこり微笑む。



けれど今現在、後醍醐天皇の首元に刃を掛けているのは足利。





後醍醐天皇が京へ戻ってきたということは、足利の手の内に滑り込んできたのと同じ。





恐らく大塔宮様はそういうことにも気付いている。






今現在、足利を徹底的に潰せやしないということは口惜しく思っているだろうけれど、この程度で満足しなければならないことにも恐らく気付いている。





大塔宮様ならば、これ以上抗っていてもしょうがないことに気付くだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る