第78話

長年の反応に上がる頬を抑えきれない。



真っ青な顔をした長年の向こうに見えた人物。





向こうも俺を見ていた。




長年ほどではないけれど、驚いた顔をして。



小さく口が動く。





太一、と。






いつかの名。



懐かしい名。





楽しかったあの日々を問答無用で思い出す名前。





その名に応えるように、にこりと、笑った。




楠木正成。



久しいな。




どうして大塔宮様の傍にいたはずの俺が、足利高氏の後ろに控えているのか不思議に思っていることだろう。





いや、もうそんなことも承知済みか?




楠木正成は、何か言いたげに俺をじっと見ながら俺の前を通って行った。




その瞳だけ、俺に残したまま。







「やはり、大塔宮様はいらっしゃってはいないな。」





ぼそりと高氏が呟いたのを聞く。





「来ないよ。大塔宮様は。俺たちをまだ警戒している。」






俺たちを、まだ。



大塔宮様は今は金剛山を出て、もう少し京に近い志貴山――しきざんに籠っている。




奈良の法隆寺の近くで、河内国と大和国を一望できる場所であり、軍事的にとても重要な場所だった。



志貴山には多くの山伏系のお寺があって、山伏と繋がりの深い大塔宮様は、ここを要として、足利のいる京を衝く構えを示している。





確かに兵力もあるし、


後醍醐天皇は今、ノリに乗っている。






これで本当に後醍醐天皇が俺たちを倒す許可を出して大塔宮様が攻めてくれば、俺たちに勝機はまずない。




本当に、潰そうと思えば潰せる時。




鎌倉幕府最強の家臣団を編成している俺たちだとしても、ひとたまりもない。





にやりと、笑った。



残念だな、と思って。




そんな未来はどこにも存在することはないと笑う。





大塔宮様は俺たちを絶対に排除しようと思っているせいで、父君である後醍醐天皇が京へ戻ってきているというのに、出迎えることもない。




本来だったら、大塔宮様がこの行幸の先陣を務めるか、真っ先に出迎えなければならないと言うのに。

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