主上

第77話

元弘三年水無月四日。


1333年6月4日。




あれから2日後、現在の帝である後醍醐帝が、京の都へ御帰還された。




京を追われてから約一年と少し。





恐らく誰もが後醍醐帝の失脚を信じたし、もう二度と後醍醐帝が、この京へ戻ってくるなんて思わなかっただろう。



隠岐へ流されると言うのはそれほど絶対的な失脚だった。





けれど、後醍醐帝は京へ戻ってくる。



絶対的な帝として返り咲く。






その道を作ったのは、間違いなく大塔宮様。







足利は、本当に後醍醐天皇の為に動いていたわけではないし。



間違いなく大塔宮様だった。




はずなのに、ね。






そんなことを京の東寺の境内で考える。



色とりどりの旗がなびいて、きらびやかな軍勢がこちらに迫ってきているのを知る。





「いらっしゃった。」





隣で高氏がぼそりと呟く。



その気は張りつめていて、緊張していることを知る。




それを見て、ふっと唇の端だけ上げて笑う。



高氏の反応が正しい反応だよな、と思って。






「・・・帝のご帰還だ。」






それすら、俺の手の内。





先陣を務めている名和長年の姿が見える。




馬上で誇らしげにゆらゆら揺られながらこちらへ向かって来るのをじっと見つめた。





あんなにも自信満々だったのに、俺の姿を見つけて瞬時に青い顔をした。





それを見て、にいっと笑う。



自分でも、黒い笑みだなと思う。





長年は見たこともないくらい、一瞬で顔を青ざめさせて狼狽した。






ただ、その姿を目で追う。



長年も俺から目を離さずに俺の前を通って行く。




畏れ、だな。




その目に滲むのは。





後醍醐天皇よりも俺を畏れているとすれば、それはとても面白いことだ。

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