第74話

「大和様?」






聞きなれた、声。


けれど久しい声。





「どうされました?御気分が、すぐれないのですか?」





そっと背に置かれた手が、温かい。



温かくて、たまらない。



花の香りが強く薫る。



その黒い髪がまばらに散る。






「くれ・・・は・・・。」







ぼろりと、涙が落ちた。





「・・・はい。只今戻りました。大和様。」





その、唇が歪む。



緋色の唇が、弧を描く。





赤く、歪んで、滲んだ。







「やま・・・!」





俺の名を、呼びきる前にその体にすがる。





呉羽しか、もう俺にはいない。


もう、俺の傍にいるのは呉羽しか。




呉羽は俺を抱きとめてくれた。






「・・・大和様?どうされました。」





頬を付けた肌の温かさに、涙が止まらない。



その体の柔さが、心地よくて離れられない。





「どう、なさいました。」






ただ、単純に俺が欲しかったのは、こういうものだったはずなのに。






「呉羽・・・!!」







助けて。



呉羽は俺の様子がおかしかったからか、そっと俺を窺おうとするけれど、その目から逃れるように瞳を伏せる。




ぎゅっとさらに呉羽を抱き締める力を強くする。






「恐ろしいことでもございましたか?」







這う様に、呉羽の指先が肩口を伝って、そのまま強く抱きしめてくれる。





「真っ青でございます。震えて、いらっしゃるので?」





体の、制御ができないんだ。



そう訴えたくても、言葉にならない。




自分が自分ではないみたい。







「・・・可愛らしい御方。」








ふふ、と言う息だけの声が、耳元で鳴る。





「何も、考えずに済むように致しましょうか?」






何も考えずに。



できることなら。





こんなどうしようもない粘り気のある闇の上に立っていることを、忘れさせてほしい。

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