第73話

「・・・大和? どうしたのだ?」






目だけ動かして、その声の主を見る。




高国が俺をじっと見つめていた。





「何が?」




「大和の部下が言っていたぞ?顔色が悪いとな。確かに真っ青な顔をしている。どこか悪いのか?」





どこか?



痛いも何も、感じないよ。





「・・・悪くない。すこぶる順調だよ。」






すぐそこに姉ちゃんがいると思うだけで、全神経がその方向へ向く。




「そうか?でもどこか翳っているぞ?仕事はまた明日にしろ。」



「大丈夫。もう少しやって、寝るよ。」




北畠にいるって思うだけで、ざわざわと心の奥が荒れる。



真白の瞳に姉ちゃんが映っていると思うだけで、吐き気がする。



何で俺じゃないんだと、イライラする。





「・・・無茶をするな。大和はもう足利の人間なのだ。心配でたまらんぞ。」







その言葉に、目を見張った。





足利の人間?



俺が?





俺が?






指先から、震えて来る。






「・・・あり・・・がと。高国。大丈夫。俺、大丈夫だから。」





ははっと、笑ってみた。



唇の端が痙攣して痛い。




「・・・早く休めよ?」





そう言って、高国は立ち上がる。




ぽんと頭を撫でられて、その反動で押し込めていたものが決壊する。






どろりと、溢れだす。





膿のように、心の傷口から溢れだす。








そうだ。



気づいたじゃないか。




俺の帰る場所はここだって。





足利しかないって。






決して、現代でも、



姉ちゃんの元でもないって。







文机と呼ばれる小さな机の上に顔を伏せる。


体を支えていられなくて。




けれどその瞬間香る、花の強い匂い。





いつか嗅いだその・・・。

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