第36話

「・・・ええ。気に入っております。」




ふっと笑うと、廉子殿は楽しいと言うように瞳を歪める。





「・・・廉子を呼ぶとはどういうことだ。」





後醍醐天皇は、訝しげに俺を見つめる。



それを簡単にあしらうように、一度瞳を伏せる。







「・・・廉子様の願いを叶えて差し上げたいと、考えましたゆえ。」








そんな言葉が口から落ちてから、数秒沈黙が満ちる。




次の句を廉子殿が落とすまで、ただ微笑んでいた。







「・・・この私の、願い、とな。」








そう言って、廉子様はケタケタと笑う。




無邪気に。





その顔を惜しげもなく崩して。





ひとしきり笑った後に、廉子様は顔を上げて扇を持っていない手ですっと俺を指差す。






「言うてみ。ほら、言うてみ。」






まだ、ケラケラと笑う。



嘲笑っているのか、楽しんでいるのか、俺にはよくわからないけれど。





「それでは申し上げます。」





声を上げると、廉子様から笑顔が剥がれおちる。



その下から覗いたのは、俺をじっと見つめるその二つの瞳。




笑みもなく、



怒りもなく、




ただ、淡々と見つめる、人形のような瞳。






やっぱり、甘く見てはいけないと心の底から思う。








「・・・廉子様は、大塔宮様をご失脚させたいでしょう?」








にい、と笑う。



廉子様は、ただぴくりと睫毛を震わせた。








「廉子様は、廉子様の御子を、帝位に就けたい。そうでございましょう?」








さらに、深く、深く笑った。




後醍醐天皇も、俺から視線を外そうとしない。



少し、驚いたような顔をしているような気がした。








「お手伝い、致しましょうと、申し上げております。」








崩壊へ導くために、俺は策を積み重ねていく。



王手をかけるためには、手段は選ばない。








「御二人の、覇道のために、大塔宮様をご失脚なさいませ。」








にやり、と、笑った。






阿野廉子。




この人こそ今後欠かせない、鍵を握る人なのだから。

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