第86話

「私は、彼の側室よ。私が生きてるって信じなくてどうするのよ。」





にっこり笑う。




「絶対生きているわ。」




「はい、姫。」





東湖さんも笑った。



柔く。





少しでも、彼に関わる人の不安が減ればいい。





そうなれば、いい。







彼の側室。






大塔宮護良親王の側室。







それが、私。



雛鶴。






誰よりも、強くあって、



誰よりも、それを誇りと思わなければ。







泣くのは、一人になってからでいい。



不安に押しつぶされて、息もできなくなるのは一人でいる時でいい。







「・・・貴女様はお美しくなられましたね。」




「え?」




唐突な東湖さんの言葉に、思わず目を見張る。



お得意の歯の浮くようなセリフかと思ったら、東湖さんの目は真剣だった。





「大塔宮様の横に立っても、何の遜色もない姫になられました。」






その言葉に、単純に嬉しくなる。





「な、何の遜色もないって、東湖さん私が河内に来てからしか知らないじゃない。」





恥ずかしくなって、抗うと東湖さんは笑った。




「河内に来てすぐと比べても、ですよ。」






小さく頷く。



確かに、河内に来てからいろいろとあったと思う。





片岡さんが亡くなってしまったのから始まって、沢山の人が死んでしまったのを見た。



私自身も死と隣り合わせで走っていたと思う。





「・・・本当ならば、このまま吉野まで駆けていきたいわ。」





ぼそりと呟く。



少し笑って。



東湖さんは笑った。






「姫は千剣破に。あそこが一番安全でございます」






「ええ、わかってるわ。」




わかってる。




吉野へ行ったって、土地勘のない私はどうすることもできない。






この身が万能でないことも、酷く思い知った。

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