第四章 鈍色

惑わない

第76話

■■■■








声が、聞こえた。








「月子!!早くっ!!」




「・・・うん。」




誰かが、私を呼ぶ声。



この名ではなく。






私の名を。







「早く!!」






乱暴に腕を掴まれて、駆ける。




腕がもげてしまいそうだと思いながらも、キリコさんのその力に抗うことはしない。





私も全力で駆ける。








「ここは落ちる。」



上赤坂城の中に入ると、正季さんが座っていた。





「上赤坂は、落ちる。もう水がないね。・・・くそ。水を絶たれなければな。」




淡々とそう言った。


揺らいでいるのかすらわからない。




「殿は?」




キリコさんが、荒い息のままそう言った。




「千剣破と連絡を取ると言って、出て行っている。この分じゃ、戻ってくる前にここも落ちる。・・・逃げ足が速いヤツめ。」




正季さんはいつも通り悪態を吐く。


この人も見事に揺らがないからすごい。





「あんたたちもすぐに荷物をまとめてここを出ろ。千剣破城へ行け。ああ、もうさっさとしてくれ。」




「ここを出ろって!!そんな!みんなを置いていけるわけないわよ!」




思わず声を荒げて詰め寄る。







「足手まといだって言っている。」








正季さんは、声のトーンを落としてそう言った。



私をじっと見つめて。




悪態は、吐かない。





背筋が、ひやりと凍り付く。






「月子。正季の言う通りだよ。アタシたちはここから離れよう。」




「で、でも・・・。」





離れたら、どうなるの?



そう聞きたかったけれど、言葉に成らなかった。





答えは何となくわかったから。

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