第70話
「・・・どうしてもと、お前が言うのならば・・・死ぬ時は、一緒だ。」
死ぬ時は。
彦四郎さんは必死で震える唇を噛みしめている。
主人にこんなことを言われたら、武士である彦四郎さんは至上の幸福に値するんだろう。
「黄泉の国まで、供をしろ。彦四郎。」
死の国まで、一緒に。
一人でなんて、そんな冷たいところへ行かせないと。
彦四郎さんは、にこりと、微笑んだ。
「・・・それはできませぬ。」
「彦四郎。」
「黄泉の国へは私一人が参ります。私一人で充分でございます。」
「彦四郎!!ならぬ!!」
「何をおっしゃっておられる!!」
彦四郎さんが、叫んだ。
驚いて、俺も宮様も、皆も体が震えた。
「天下の一大事でございますれば!!貴方は何者です!後醍醐院の第三皇子の大塔宮様でございますでしょう!!まだ戦は終わっておりませぬ!鎌倉殿はもちろん、六波羅すら滅亡しておりませぬ!」
まだ、何も。
始まったばかりで、何も。
「まだやることはございます!貴方様が父君を助け、その善政を護るのがお役目のはずでしょう?!まだ善政すら始まっておりませぬ!貴方様は、絶対にこんなところで死んではなりませぬ!!」
「けれどお前を身代わりになどできるか!!ここで死ぬのは、俺だ!!!」
『俺』と言った、宮様を初めて見た。
狼。
彦四郎さんを噛みつきそうな瞳で見つめている。
灰白の、狼。
感情を剥き出しにした宮様は、まさしく狼。
「貴方様は、お約束なされた!!!!」
彦四郎さんのその言葉に、宮様は目を見張った。
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