第69話
「・・・確かに、蔵王堂の大手門も開いて敵兵がなだれ込んできております。」
彦四郎さんは、呟くようにそう言った。
「確かに、宮様にはこの吉野でご崩御していただきたく存じます。」
思わず目を見張る。
歴史は。
背筋が凍る。
ご崩御。
死んで、いただきたく。
「ただし、大塔宮様の身代わりがここで。」
皆の息を飲む音が聞こえた。
俺も同じように息を飲む。
宮様は目を見張ってただ驚いた顔をしていた。
迫りくる敵兵の足音も、
吉野の燃える轟音も、
何も聞こえなくなる。
「私が、宮様の身代わりとしてここで自害致します。」
にこりと、彦四郎さんは微笑んだ。
「さあ、お早く。時は一刻を争います。宮様のその赤地錦の鎧をお脱ぎになって私にお貸し下さい。」
その手が伸びて、宮様の赤い鎧にかかる。
その振動で、宮様は我に返った。
「な・・・ならぬっ!!!何を!!絶対に、絶対に駄目だっ!!」
こんなにも、声を荒げた宮様を見たのは、初めてかもしれない。
思わず体が震える。
「私も一歩も引きませぬ。さあ。」
彦四郎さんは、何も揺らがない。
「ならぬ!!お前が私の身代わりになって死ぬだと?!駄目だ!駄目だ、彦四郎!!お前には何より苦労をかけた!」
彦四郎さんを振り切るように、宮様は叫ぶ。
辺りにこだました自分の声を聞いて、宮様は一度言葉を切った。
そしてまた口を開く。
「・・・誰よりも、幸せになってもらいたいのだ・・・」
悲しい。
胸の内が震える。
勝手に涙が散る。
宮様の顔が、泣きだしそうで。
あんなにも、完璧だった宮様が。
自分の感情を表に出すことなんてなかった人が。
こんなにも、惜しげもなく。
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