第68話

このまま、この息が止まってしまえばいい。




目を閉じたら、もう二度と目覚めることがなければいい。






心底そう思うのに、それでも俺はまだ諦められない。







全てに。





自分のことも、


宮様のことも、




姉ちゃんのことも、





諦められない。






崩れ落ちたまま、力の入らない体をもう一度奮い立たせる。



灰の中をまた駆ける。






俺がこうしたんだ。





こうなることを望んで、そうした。






最後まで見届ける義務がある。






吉野が落ちるまで、この目で見届ける義務が。







「宮様!!!」




「彦四郎。」






淡々と宮様はその名を呼ぶ。



少し、微笑んでいるようにも見えた。






何とか間に合ったと、俺も宮様の傍に寄る。





宮様の側近たちは、みんな集まっていた。






「蔵王堂の大手門も落ちたな。ここにも敵が来よう。」







「ええ!」




彦四郎さんは、ぜいぜいと荒い息の下で叫ぶように言葉を落とす。




宮様は、嘘みたいに冷静だった。








「もはや、これまで。私はここで切腹して死ぬ。」








はっきりと、宮様は言った。



一字一句大事にするように。







「お前たちは、逃げろ。そのまま正成の元へ行って、この先は正成の指揮下へ入れ。」







ふっと、笑った。




桜の蕾がほころぶように。






柔く。







皆泣いていた。



鼻をすする音が響く。





宮様だけ、ただ微笑んでいる。






その頬も、腕も、足も、その血で真っ赤に染め上げて。

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