第64話

思わずその胸倉を力任せに掴む。





僧兵は悲鳴を上げていた。



宮様は微塵も揺らがなかったけれど。






「・・・俺は・・・嫌だ。」






自分の声が、震えている。





「俺は嫌だ!」





叫んで掴んでいた手を離す。




寂しさで、狂ってしまいそうになる。







「太一。」



名前を呼んで制される。





「嫌だ!嫌だ!!絶対嫌だ!!死ぬなんて、絶対嫌だ!!」






「太一。」





声は何も揺らがない。



少しくらい動揺してくれよ。






「嫌だよ・・・。」






ああ、もう。




憎めるものならば、憎んでいたいのに。






その冷たさに触れることなんて、なければよかったのに。






歴史は動かない。




もう、動いたっていいはずなのに。





何も俺が知っている歴史どおりに、進もうとしない。






気配すらしない。







怖い。



怖いよ。




やめてくれよ。






全て、知っている通りに動けば、俺は俺を保っていられるのに。






お願いだから、俺を裏切らないでくれよ。








「・・・太一、ありがとう。」






日はゆっくり登る。





朝焼けに包まれるのと同時に、鎌倉殿のほうから太鼓の音が鳴り響く。






「始める。」







宮様は太鼓の音を聞いて、呟くように言った。






始まる、ではなく、



始める。







愕然と、する。



何を?と問わなくたって、わかる。






宮様はそのまま俺のほうなんか振り向かずに歩き出す。






誰よりもしっかりした足取りで。




やっぱり揺らぐことなく。







姉ちゃんに。







ふと、そんな思いが湧きあがった。

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