第61話

「・・・宮様は、自分の思うように生きてる。それだけだよ。」





きっと。





宮様を目で追うと、一人一人に声を掛けている。




帝の皇子のすることじゃないな。





けれどそうすることで、共に戦ってくれたことを一人一人に感謝しているんだろう。







そこには、帝の皇子の肩書も、



何もない。






こんな自分を信じてくれてありがとうと言う、ただ一人の人間としての、最後の言葉なのかもしれない。







「ほら、灰が入るよ。」




いつまでたっても盃が空にならないから注意する。


「ああ」と小さく頷いて、僧兵は笑った。





「・・・桜吹雪だ。」





僧兵は呟いて、杯を煽る。







「吉野の桜は真実、美しい。まるで満開の桜の下にいるようだ。」







桜の。




ばらばらと散ってくる白い灰が、炎の赤を刷いて薄く紅色に染まる。





いや、炎の赤ではなく、夜明けの赤。





柔い日差しの金。







「・・・桜だ。」







思わず呟くと、僧兵は笑った。






「吉野の桜は日本一だ。焼けようと、枯れようと、必ずまた咲く。何度でも。」







何度、でも。




700年後の日本でも、春が来るたびに美しく満開に咲き誇る。






この、吉野の桜。







「・・・国破れて山河在り、か。」








思わず、呟く。




「杜甫の漢詩か。風流だな。」





ははっと笑う。






杜甫の春望という漢詩。





国破れて山河在り


城春にして草木深し


時に感じては花にも涙をそそぎ


別れを恨んでは鳥にも心を驚かす


烽火三月に連なり


家書万金にあたる


白頭掻けば更に短く


すべて簪にたえざらんと欲す







春のながめと題されたそれは、まさに今。

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