春望

第60話

吉野は、燃える。





その灰がはらはらと空から落ちてきた。






「まるで雪だ。」






宮様はそれをそっと愛しむようにその冷たい手で受け止める。






赤い、雪。






血に濡れたか、


炎に穢れたか、





俺にはわからない。





けれど白いはずの灰は、炎の光を受けて赤く散っていた。






ただそれをぼんやり見つめている。



いつの間にか宮様は消えて、酒宴は始まっていた。






「太一。」





呼ばれてその声の主を見ると、酒を差し出していた。




「飲め。」




見知らぬ僧兵だった。


気付けば、隣りに座っていた。




「・・・ごめん。お酒、苦手。」





少しだけ笑ってそれを断る。



「そうか」と呟いて、僧兵は顔を伏せる。





まるで、抜けがら。






その手から徳利を奪って差し出すと、代わりに僧兵は小さな月の欠片を同じように差し出した。






「・・・宮様、ここで死ぬのだろうか。」






その欠片に透明な液体を注ぎ入れると、僧兵はそんなことを言った。






「城が落ちるって言うのは少なくともそう言うことだね。」






淡々と返す。





この戦の大将である宮様は、





切腹して自害するか、


捕えられて、斬首するか。





どちらを選んでも、死ぬ。






「宮様は、こんなとこで死んでは駄目だ。」






こんなところで。




「帝の、皇子だぞ?誇り高き、帝の皇子だぞ?主上陛下の息子だぞ?」



「うん。」





頷くと、その僧兵は俺の肩を強く掴んで俺の目を射ぬく。



痛みが、全身に走る。





「そんな、方が、こんな血にまみれて・・・。」





声が揺れている。







本当ならば、御簾の内に。






この目で映すことのできないような、尊い御方。



生涯血にまみれることなど、ないような、御方。




それが正しい姿なのに。

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