第57話

「太一!!」





聞きなれた声が、耳に届く。




ごろごろと転がって中に入ったせいで、目が回る。



歪む世界で何とかして顔を上げると、宮様が心配そうに駆け寄ってきた。





その姿を見て、安心する。





泣きだしたくなる位。




そのまま突っ伏して、大泣きしたい。





周りの目も気にせず。






けれど、そうさせないのは、赤ゆえ。






「大丈夫か?!太一!!」





ああ、赤い。



燃える世界が、さらにその赤さを強調する。



夜なのに、この世界は昼のように明るい。







宮様の頬は切れて血が流れ落ちていた。




腕も、足も、怪我をしているのか、その血で真っ赤に染まっている。







そして俺と同じように、その赤い鎧には何本もの矢が刺さっている。






「・・・宮様・・・怪我を・・・。」







怪我を。




手当てを。




そう言おうと思った。






思ったけれど、宮様はすっと立ち上がる。



俺に言葉を落とさせないまま。








「夜が明けたら吉野は落ちる。もはや、これまで。」









もはや、これまで。





夜が明けたら、さらに寄せ手は数を増す。



今はそれでも闇の中に沈んでいるから、朝を待って。






視界が朧に霞んだ。





涙が、込みあがってきたからだ。







その潔さが、苦しい。



何も揺らがない。






手当ては、いらないと言っている。







宮様。






「蔵王堂の庭に皆を集める。最後に酒宴でも開いて全て仕舞いにする。」







全て仕舞いに。




その言葉の意味を、俺はよく知っている。

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