第56話

泣きだしたくなった。





終わりだと、思って。






何もかも、終わりだと思って。




終幕なんて、突然やってくる。





気づかないうちに全て幕が降りて、ただ闇が終わりだよと囁く。





いつだって、そう。





この手が届く前に全て終わっている。



母さんの時だって、ここに来たときだって。



俺は何もできずに終わる。






蔵王堂は?




本陣は?




ふいにそんなことを思い出す。





泣いている場合じゃないと、絶望に転落しようとするこの身をなんとか留める。





やっぱり、人間って不思議だ。



悲しければ悲しいほど、冷静になる。





心の奥は、風一つ吹かない真空状態になる。





いろいろと考えることを放棄する。





開けたところから吉野を見下ろしていたが、また駆け出す。


本陣へ向かう。




鎧には矢が立ったまま。


炎の中を走るせいか、肌を、髪をじりじりと焼く。





でも不思議と熱くない。



それよりも五感はすでに自分の少し前を走っている。




はやる心がそうさせる。






まだ。



どうか。





どうか!!







「どけええええっ!!!」







叫びながら、刀を振り回す。



蔵王堂に群がっていた敵を蹴散らしながらその門まで駆ける。





「俺だ!太一だ!!」






叫びながら、味方の兵の中へ突っ込む。





驚いた顔をしていたけれど、海が割れるように俺に道を差し出したから、その門の内まで転がり込んだ。

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