紅蓮

第53話

新熊野岩菊丸。





もう一人の吉野の執行。





吉水院殿は、宮様についたけれど、岩菊丸殿は鎌倉殿についている。



吉野の僧兵たちを取りまとめる執行の、岩菊丸。





立場上、吉野の総兵力も知っているし、



守備が手薄になるところも知っている。







最近までは楠木方面に回されていたが、恐らくそちらで負けて吉野のほうへ戻ってきたんだろう。



その新熊野岩菊丸が、東の愛染宝塔から急襲してきた。





愛染宝塔は、どんなに旗をたなびかせていようと、実際は無人に近い。





それに岩菊丸は目をつけた。





明け方になっても終わることのない前面からの総攻撃に対処している最中に、背後からの敵襲。







ほら、やっぱり歴史は歴史通り。







ゾグゾグと背筋が鳴る。



自分が鬼になっていくのが、手に取るようにわかる。





人間から、異形のモノへ。






呉羽さんの声が耳元で鳴る。



姉ちゃんを妖魔だとかモノだと言った呉羽さんの。






正しかったな。




あの人は、正しかった。







暗い世界を駆ける。



光は降り注ぐけれど、木々が重なり合って闇を生む。






その中を、泥を跳ね上げて。



その轟音と黒い塊に向かって。






何のために走るのか?




そんな問い、無意味に等しい。

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